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【浪人日記】非日常、でも日常

栃木県の南西部、工場地帯などがある真岡市。その市の中心部には国鉄真岡線、現在は真岡鐵道真岡線のターミナル駅である真岡駅がある。二面三線のホームといくらかの留置線。18メートル級の気動車が仲睦まじく並んでたり、謎の廃車体が置いてあったりと第三セクター感溢れる雑多ながらも優しい、実家のような雰囲気(?)のある駅だ。

「Aさん早くしておくれ。もう来ちまうよ。」
私は友人に声をかけながら薄暗い真岡駅の跨線橋をスタスタと歩き、下り線ホームへと急ぐ。スニーカーで踏みしめる音がザッザッと響く。Aを待ってからホームへと降りるとそこは子連れの家族で賑やかなホームだった。
「列車が参ります!離れてください!」
GW初日で浮かれ気分の子供たちを駅員が大声で牽制。しかしリズミカルに吹く笛がサンバのようで思わず笑ってしまう。乗客たちの喧騒と笛の音でここはさながらカーニバル会場だと思いながら上り方面を見ると、さあ主役のお出ましだ。黒く輝くボディにジュッジュッと蒸気の音。煤煙と潤滑油の香りを纏って列車はホームに滑り込んできた。こじんまりとしたプレーリー(2-6-2)のタンク機関車には「C12 66」のプレート。引き連れる客車は茶に赤帯の50系が3両。真岡鐵道の看板列車SLもおか号だ。久しぶりの邂逅に踊る心、降車する人たちを待ってる間にも思わず足踏みしたくなりそうな程だ。機関室を覗くと煤にまみれた紺のナッパ服の2人が束の間の休息。煤汚れと輻射熱の日焼けはぽっぽやの勲章だ。客車に乗り込むとふわっと国鉄のなんとも言えない香り。少し鼻につくのに不思議と心が安らぐ、この年季の入った車両の匂いは一体どのようにして生み出されているのか気になるところだ。50系客車の車端部にはロングシートがあり、そこに腰掛ける。立ち客も出るほどの盛況っぷりのSLもおか号は長い長い雄たけびを上げながら真岡駅を後にした。

栃木の鄙びた平野をSL列車はトコトコ進んでいく、と言いたいところだが乗ってみるとかなり違う印象を受けるのがSLもおか。C12はその持てる力を遺憾無く発揮し真岡線をかっ飛ばす。ドコドコと激しいブラスト音、蒸気機関車特有の前後の振動がドクンドクンと客車を揺らし、決して高くない規格の線路で客車は右へ左へグワングワンと振れる。可愛いタンク機関車と侮るなかれ、私は国鉄の誉れ高き蒸気機関車だとでも言いたげに、C12は私の脳を揺らすように力強く、美しい汽笛を鳴らす。窓を開けると初夏の風が煤煙香と混ざり合いながら客車の中にぶわっと流れ込んだ。力強い青葉、乾いた土、お日様の香りを吸い込むと私の中にも若々しい生命のエネルギーが流れ込むようである。麦畑は立派に穂を蓄え麦秋の風に揺れている。そして水田には水が滔々と流れ込み、米作りのシーズンの到来を告げていた。さあさあ田植えだ皆の衆。ある田は水を入れてる真っ只中。ある田は代かきの最中。そしてある田は田植機が可愛らしいイネの苗を丁寧に植えている。トラクターが唸って排気の匂いが微かに届く。この好天の好機を逃すまいと農家の皆様、せっせと働いておられるので本当に頭が上がらない。それでももおか号が通ると皆一様に作業の手を止め、或いは続けつつ、こちらを見る。ある人は手を振る。そうするとこちらも手を振り返すのだ。SLもおか号が運転されてはや30年、毎週末運行されるものだから、もはや沿線の方々にとっては日常も同然である。それでもやはりSL列車は特別なのだろう。外遊び中の子供たち、散歩中のご老人、庭仕事中の亭主、買い物中の婦人。特に騒ぐわけでも無ければ、かと言って気にしない訳でもない。通れば取り敢えず見ていこう、せっかくだから手を振ろう。この独特の距離感がなんとも言えない。わざとらしくも無く、それでいて愛されているのを感じる。

栃木の何の変哲もない平凡な農村の平凡なローカル線の週末に訪れる、日常と非日常が絶妙に混じりあった不思議な時間。SLもおか号がもたらしてくれる特別な世界。これが見たくて私は真岡線を訪れるのだ。今日もC12の汽笛は木霊する、まるで12時の鐘の音のように。

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