#7 バルプロ酸 翼をもぎ取る

 意外なことに、世の中には翼の生えてしまった人たちが沢山いるっぽい。

 最近の事例でいうと、ビッ●グモーターのアレとか。

 ニュースを見る限りでも、お店の前にある街路樹を切ってみたり、顧客から預かった自動車を無断で転売してみたり、社員給与から云百万円を天引きしてみたり、かなりの高度が観測されている。

 明らかに犯罪ラインを乗り越えているであろう、塀の向こう側へ軽々とジャンプするコンプライアンス違反の数々は、僕にとっての「常識」とはかけ離れたものだ。

 ふと、こんな疑問が沸いてきた。
 なぜ人はそこまで高く飛んでしまうのだろう?
 僕はなぜ、飛ばずにいられるのだろう……?

 ◇

 僕は双極性障害という診断をもらって、1年ほど仕事というか社会を休んでいた時期がある。

 振り返ってみると、休職する前の僕は自分の限界を超えて小さな羽をバタつかせていたみたい。飛べるはずのない空を目指して、直射日光も酸素濃度低下も気づかないふりをして、止まると死んでしまうと思い込んでしまった魚みたく、死んだ目をしてバタバタと。

 国の定めた法律とかは、多分、守ってはいたけれど、自分の身体の悲鳴をちゃんと聞いてあげなかった。物理的に腰や肩や頭などが軋み、遂には脳ミソもガス欠を起こして動かなくなってしまった。

 それから1年ほど羽を休め、それからは慎重に慎重を重ね、ついうっかり空を飛ぼうとしない様に心掛けてきた。でも、時々は飛ぼうとしていた。

 あの勢いに任せた、生まれ持った何かへの苛立ちをエネルギーにした猪突猛進は、ハマるとちょっとした快感を伴うことがある。無理と思われる目標を達成するのはいつだって魅力的なチャレンジだ。けれど自分の翼はもう長く羽ばたけない、というか羽ばたいてはいけないのだと、常に自分へと言い聞かせてきた。

 社会に復帰して、転職もして、気が付けばダウンした頃から6年が過ぎた。そう言えば飛ぼうとしていないな。そう感じる日が最近になって増えてきた気がする。バルプロ酸ナトリウム、つまり双極性障害のお薬も飲まなくなって2年が経つ。

 きっと、色々なことがあったからだと思う。
 色々な取り組みも、成功しているのかも知れない。

 とにかく早く寝て、睡眠時間を確保して、適度な運動を心掛けて、お酒は控えめにして、栄養バランスを考えた食事をとって……ひょっとしなくても今が人生で一番、健康に気を使っている。その効果が出ているのだと、信じたい気持ちもちょっとある。

 例えばこうして夜に文章を書くと、目が冴えて眠れなくなってしまう事があって、文章を書くのも控えていたりする。とにかく規則正しい生活リズムを至上命題として、楽しそうな出来事も敢えてスルーしたり。そんな囚人じみた生活が、寂しくなるときもあるけれど。

 テレビに映るビ●ッグモーターのニュースは、僕の事例と角度は大きく違うけれど、少し懐かしい気分を想起させる。のかも知れない。

 地球の重力圏よりも遠くへと勢いよく射出される、翼をもった人たちの営み。限界のその先へと突き進んだ、幾つもの金融機関と保険会社そしてゴルフを愛する人たちを巻き込んだ壮絶な大爆発。

 空高くから落ちる破片は、大気圏に再突入して流れ星のような軌跡を描く。バラバラになりながら、時には互いに衝突しあって、月の明かりさえも打ち消すように、一面の夜空を鮮やかに照らす。

 そんな生き方に憧れることもあったけれど、やっぱり、僕は天体ショーを眺める方でいたいなと思う。自分が流れ星になるのは、もう懲り懲りだ。

 テーブルの上に置いたアレクサが、いつも通りの時間を知らせる。時間通りに薬を飲んで、時間通りに布団に入る。そして明日の朝、いつも通りにニュースにチャンネルを合わせたりする。

 こないだ、ぼっち・ざ・ろっくのキーホルダーを買ってみた。机の上にチェーンで引っ掛けると、キーボードをタイプするたびに虹花ちゃんがユラユラと揺れる。そんな些細なことが、いいなって思う。ちなぼっち推し。

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