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半分世界 石川宗生著 創元SF文庫(2021年1月発行)

一言で言えば「突拍子もない世界」を舞台にして「緻密なディテール」が展開する奇妙な作品集です。

つまり、個人的に大好物な作品集です。解説文には「そうとう人を食った話」といううまい表現がありました。

含まれているのは全部で4作品。「吉田同名」「半分世界」「白黒ダービー小史」「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」です。どんな特徴かというと

ある夜、会社からの帰途にあった吉田大輔氏は、一瞬のうちに19329人に増殖したー第7回創元SF短編賞受賞作「吉田同名」に始まる、まったく新しい小説世界。文字通り“半分”になった家に住む人々と、それを奇妙な情熱で観察する群衆をめぐる表題作など4編を収める。突飛なアイデアと語りの魔術で魅惑的な物語を紡ぎ出し、喝采をもって迎えられた著者の記念すべき第一作品集。

文庫裏表紙

「吉田同名」については、まるで量子力学のごとく角をどちらに曲がるかによって分岐した世界の吉田氏が同時に出現したというもので、それが19329名。舞台設定として曲がり角の数も明記されているので、計算したらこの数字になるのでしょうか。
それはともかく本作品は、同時に出現した吉田氏が複数個所に分かれて収容され、その生活をルポルタージュするという展開になります。そのあたりでもう「人を食って」ます。

「半分世界」については、突然一般住宅が道路面に平行に半分に切断され、その住民たちの生活が外部から丸見えになるというお話。
住民たちはそのまま平然と暮らし続ける一方で、真正面に立つアパートの一室がマニアによる観測場所となり、マニアが引き起こすマニアックな観察や不思議な熱狂ぶりで、不思議な状態なのに、物語にリアリティ?を持たせた傑作です。

「白黒ダービー小史」については町全体がホワイトとブラックに分かれてサッカーのような試合をしているという設定。住民のほぼ全員がホワイト派とブラック派にわかれているのですが、それぞれの派閥の男女が恋に落ちるという「ロミオとジュリエット」的展開で始まるのですが、実際には寝物語で白黒ダービーの歴史が語られるという、予想もしない斜め上からの展開が楽しい作品です。

「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」は砂漠のど真ん中にある十字路(悪魔が登場する舞台としてよくつかわれますが)、は999のバス路線が走り、乗り換え場所として使われるのですが、時刻表もなくいつどんなバスがやってくるのか誰も知らない、という設定。
乗り換えを希望する人は降車した後、へたをすると何か月もバスを待たなければならなくなります。そんななかで形成されていく集団生活の状況をいくつか視点を変えながら描写されていきます。
なんだか異世界SFのような不思議な雰囲気にとても魅かれる作品です。

タイトルにつられて、つい手に取った本書でしたが、いやあ、すごい作家さんが登場したものです。帯にはSF作家の飛浩隆氏による
「諸君、脱帽の用意を」
という推薦文がありましたが、脱帽どころか深々と敬礼してしまいそうな上質な作品集でした。

第二作品集が楽しみです。


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