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「減三度型 Blackadder Chord」の紹介と解説

こんにちは、柏崎でぃすこです。
今回は音楽理論のお話です。

先日、新曲『憧憬の小径』(あこがれのこみち)を公開しました。

今回は、この曲に登場する和音「減三度型 Blackadder Chord」の紹介と解説をしていきます。

曲を楽しみながら読んでいただけると幸いです。



はじめに

前提

本記事では、特に断りがない限り、以下を前提として解説を行います。

  • 長調での主和音を ”I” 、短調での主和音を ”VIm” とする、平行調(レラティブ・キー)指向のディグリー振りを行います。

  • ”ド レ ミ ファ ソ ラ シ” を、キーに対する相対的な 階名 として用い、長調の主音を ””、短調の主音を ””とします。

  • 絶対的な 音名 については、英語式の ”C D E F G A B” を用います。

”移動ド” については慣れない方も多いと思いますが、本記事では積極的に利用して解説を進めていきますので、ご了承ください。

主要コードシンボル一覧

  • ”” …… メジャートライアド(長三和音)

  • ”m” …… マイナートライアド(短三和音)

  • ”dim” …… ディミニッシュトライアド(減三和音)

  • ”aug” …… オーグメントトライアド(増三和音)

  • ”7” …… ドミナントセブンス(属七の和音)

  • ”m7” …… マイナーセブンス(短七の和音)

  • ”Δ7” …… メジャーセブンス(長七の和音)

  • ”mΔ7” …… マイナーメジャーセブンス(短三長七の和音)

  • ”ø7” …… ハーフディミニッシュセブンス(減五短七の和音)

  • ”o7” …… ディミニッシュセブンス(減七の和音)

  • ”aug7” …… オーグメントドミナントセブンス

  • ”augΔ7” …… オーグメントメジャーセブンス(増七の和音)


”謎の和音” の分析

まずは聴いていただきましょう。
一応ここにボーカルなしの音源を貼っておきます。

今回紹介する和音は、イントロの 7 小節目の 3 拍目、B メロの 7 小節目の 3 拍目などに登場します。

どこか強い情感を持ったこの和音、おわかりいただけるでしょうか?

”謎の和音”

この曲は G major キーです。
ノンダイアトニックな音がふたつも入ったこの ”謎の和音”。
これに対してどのような分析をしていくことができるのか、早速見ていきましょう!

”謎の和音” の文脈を探ろう

まずは前後関係から文脈を探っていきます。

この ”謎の和音” の前後のコード進行はこのようになっています。


IVΔ7 → ”謎の和音” → IΔ7/V → V7


先行の ”IVΔ7” は定番のサブドミナント。
後続の  ”IΔ7/V → V7” は、これでひとまとまりのドミナントです。
古典派クラシックで多用される ”I/V → V”(不可分なドミナント和音として扱われます)、それを四和音にしてみたというイメージです。

”謎の和音” のベース音は IV と V の間。
♯IV と ♭V のふたつが考えられますが、まず ♯IV で間違いないでしょう。

似ている和音を探そう ①

次に、♯IV 系列で似ている和音を探してみます。

ドミナント和音に先行する ♯IV 系の和音といえば、”II7/♯IV” や ”♯IVø7” が思い浮かびます。
ダブルドミナント由来で作られる和音ですね。

その中から ”♯IVø7” をピックアップし、”謎の和音” と比較してみます。
すると非常によく似た構成音であることがわかります。

”♯IVø7” in G major
”ラ” を半音下げる

(※ ”移動ド” であることをわかりやすくするため、主音(G 音)に色をつけました。)

こうして見ると、違いはたったの半音だけです。
”♯IVø7” の 3rd である ”ラ” を半音下にずらすと ”謎の和音” と同じ形になることがわかりました。

先ほどのコード進行の ”謎の和音” を ”♯IVø7” に置き換えると、次のようになります。


IVΔ7 → ♯IVø7 → IΔ7/V → V7


綺麗に繋がりました!
この和音は ”♯IVø7” の変形で生まれた和音で間違いなさそうです!

似ている和音を探そう ②

実はこの ”謎の和音”、もうひとつ似ている和音を見つけることができます。
それは ”IVmΔ7” です。

”IVmΔ7” in G major
”ファ” を半音上げる

”IVmΔ7” の Root である ”ファ” を半音上げても ”謎の和音” と同じ形になります。

こちらも同様に、先ほどのコード進行の ”謎の和音” を ”IVmΔ7” に置き換えてみます。


IVΔ7 → IVmΔ7 → IΔ7/V → V7


綺麗に繋がりました!

”IVmΔ7” の変形でも同様に、同じ和音に辿り着くことができました。

”♯IVø7” と ”IVmΔ7”、この両者の中間状態にあたるのが、この ”謎の和音” になるわけですね。

”♯IVø7” in G major
”IVmΔ7” in G major
”♯IVø7” と ”IVmΔ7” の中間 in G major

”謎の和音” の構造

さてこれで、”謎の和音” の構成音は ”ファ♯-ラ♭-ド-ミ” に決定しました。

”ファ♯-ラ♭-ド-ミ” の和音 in G major

楽譜で見ると綺麗なお団子重ねになっていますね。
純粋な三度堆積による四和音ということになります。

さてこれらを度数に直してみると、下から ”完全一度”、”減三度”、”減五度”、”短七度” となります。

……そう、”ファ♯” と ”ラ♭” の関係は ”長二度” ではなく ”減三度” なのです。

コードスケールの一例

鍵盤で半音の数を数えると 2 半音になりますが、度数の基本に従ってドレミの数を「ファ、ソ、ラ」と数えてみると 3 つですから、三度であることがわかります。
”短三度” よりもさらに短くなってしまったこの三度の音程を ”減三度” と呼ぶわけです。

2 半音の距離ですから ”長二度” と言いたくもなりますが、うっかり同一視してしまってはいけません。

(※ ちなみに、ディミニッシュトライアドのことを和名では ”減三和音” と呼びますが、今回の ”減三度” とは一切関係ありません。)

”謎の和音” にコードネームを与えよう

音程もわかったところで、この和音にコードネームを割り振りましょう。

……しかし、ここで問題が起こります。
”減三度” に対応する コードシンボルが存在していない のです!

そこで、”減三度” のための新しいコードシンボルを、ここで提案することにします。
こちらです。

”♯IVø7♭♭3” in G major

”♯IVø7” の後ろに ”♭♭3” を付け加えました。
ハーフディミニッシュセブンスの 3rd を ”減三度” に下方変位させたことを表しています。

ダブルフラットはコードネームでは滅多に見かけることのない記号ですが、まあ理論に詳しい人であれば「”減三度” を意図している」と伝わるかな~という感じですね。

「”♭♭3” って何だよ、”sus2” でいいじゃん、わかりづらい」と思うでしょうか?
本記事ではこの先、理論を展開していく上でこの両者の違いが重要になってきます。
ですから、ここで ”長二度” であると勝手に読み換えるのではなく、”減三度” をそのまま ”減三度” として、それを明示的に表すコードシンボルを与えておこうというわけです。

余談

さて余談になりますが、この和音は ”ファ♯” と ”ラ♭” を同時に鳴らしています。
この組み合わせは、ポピュラー音楽では滅多にお目にかかれないと思います。

実は ”ファ♯” と ”ラ♭” を同時に鳴らす和音というのは、古典派クラシックの時代からよく用いられているのです。
特に ”ラ♭” がベースに来るものが多く、この場合にはこれらは「増六の和音」と呼ばれます。
和声理論の教科書である『和声 理論と実習 Ⅱ』でも、これらが詳細に説明されています。

その中になんと、今回の ”♯IVø7♭♭3” も登場していることが確認できました!

(長調の)ダブルドミナントのナインスの五度下方変位の第一転回形の根音省略

一応登場はするのですが、「使用は稀」「避けよ」と説明されています。
この和音は古典派クラシック界ではあまり好まれなかったようです……。

ここまでのまとめ

  • ♯IVø7” と ”IVmΔ7” の中間状態にあたる和音。

  • ”IV” の後続、”V” の先行として機能する。 

  • ファ♯” と ”ラ♭” を同時に鳴らしており、両者の音程は ”減三度” を構成する。

  • コードネームに直すと ”♯IVø7♭♭3”。

分析結果の通り、この和音は ”♯IVø7”(ダブルドミナント由来)と ”IVmΔ7” の重ね合わせを意図しています。

これを踏まえた上で、もう一度この和音を聴いてみてください。
ダブルドミナントの成分と ”IVm” の成分、両方とも感じていただけるでしょうか……?


Blackadder Chord

さて、分析も終わったところで、ここからはこの ”♯IVø7♭♭3” の和音を深く掘り下げていきます。

”♯IVø7♭♭3” は、”Blackadder Chord” の一種です。

”♯IVø7♭♭3” in G major

”Blackadder Chord”(以下、Blk)とは、[ 0 半音、2 半音、6 半音、10 半音 ] のフォーメーションからなる四和音の総称です。
”♯IVø7♭♭3” の場合、”減三度” が 2 半音、”減五度” が 6 半音、”短七度” が 10 半音にあたりますね。

この和音について、SoundQuest というサイトで詳しく解説されていますので、詳細はそちらをご覧ください。

この記事の内容をこのあと扱っていきますので、ぜひ会員登録して全文を読んでみてください。

Blk の系統を特定する

さて、SoundQuest では Blk をまず大きく 3 つの系統に分類しています。

  • 「ホールトーンスケール型」

  • ウワモノとベースが独立して発生する「スラッシュコード型」

  • 3rd を省略して発生する「テンションコード型」

今回の ”♯IVø7♭♭3” は、この中でどの系統に属するのか、確認してみましょう。

まず、この和音はホールトーンスケール由来で発生したものではありませんね。
次に、ウワモノとベースが独立しているという文脈も認められません。
ウワモノもベース音と同じ ”ファ♯” を鳴らしていますからね。
最後に構成音を確認すると ”減三度” が含まれているので、3rd を省略したものでもありません。

……というわけで、上記 3 系統のいずれにも当てはまりませんでした。
Blk の 第 4 系統 の発見ということで良いでしょう!
本記事では、この 4 つめの系統を「減三度型」と名付けることにします。

他の系統の Blk と比較する

さてここからは、この「減三度型 Blk」をその他の系統の Blk と比較していきます。

今回の ”♯IVø7♭♭3” は ♯IV をルートとする Blk のひとつです。
そこで、鍵盤上での見た目が同一となる他の系統の ”♯IVblk” たちと比較していきましょう。
(※ 本記事ではコードシンボルとして ”blk” を採用しますが、ここでは複数の系統にまたがる Blk の ”総称”、または系統やスペリングが定まる前の ”抽象” として用います。)

文脈の違い

さて、「減三度型」以外の既知の ”♯IVblk” について、SoundQuest の上記記事でピックアップされています。
”♯IVblk” は複数の系統が重なった状態になりうる、同時に抱え込める文脈が多い、という仮説が立てられています。

そんな既知の ”♯IVblk” の先行和音は ”I” や ”V”、後続和音は ”IV” です。
それとは対照的に、”♯IVø7♭♭3” の先行和音は ”IV” で、後続和音は ”V” となります。

「減三度型 Blk」は、他の系統とは大きく異なる前後関係によって現れるのです。

和音の中身の違い

続いて、和音の中身を比較していきます。

既知の ”♯IVblk” の 2 半音の部分は ”長二度”、つまり ”ソ♯” です。
それに対して ”♯IVø7♭♭3” の 2 半音は ”減三度”、つまり ”ラ♭” となります。

両者の和音とも、鍵盤上での見た目は全く同一なのですが、”ソ♯” と ”ラ♭” の綴りが異なっています。

その違いはどこから来るのかといえば、先ほどの前後関係なわけです。
先行に ”I” や ”V” かつ後続に ”IV” が来れば ”ソ♯” として、先行に ”IV” かつ後続に ”V” が来れば ”ラ♭” として現れます。

これらは、単なるラベリングの違いというだけではなく、和音の性質そのものにも大きく関わってくるものです。

聴き比べる

論より証拠。
それではその性質の違いを聴き比べてみましょう。

これら 3 通りの接続を試してみました。
どうでしょうか……?

先ほど説明した通り、1 番目と 2 番目は ”ソ♯” を含み、3 番目は ”ラ♭” を含む ”♯IVblk” であると解釈することが可能です。
実際に聴いた感じで、両者の質感の違いをわかっていただけるでしょうか?

前者は ”Iaug” などの文脈が強く、後者は ”IVm” の文脈が強く出ているはずです。
そのため ”ソ♯” に聴こえるか ”ラ♭” に聴こえるかという、その違いが両者で現れているわけですね。
また、”減三度” という音程が滅多に発生するものではないので、”ラ♭” であるという文脈の強度が大きくない限り、”長二度” である ”ソ♯” に聴こえやすいのかもしれませんね。

さてこれらの ”♯IVblk”、どれも単体で鳴らせば音響に違いはありません。
しかし聴き比べた通り、既知の系統と「減三度型」とで、両者の ”聴こえ方” は大きく変わりました。
ただ 先行和音の違い だけで、このような鳴らされた瞬間の ”聴こえ方” に違いが生み出されているのです。

もちろん、曲を聴き終えてから分析によって Blk の系統を絞り込んでいき、和音の由来や意味を考察する、といったことは可能です。
ですがそうではなく、”♯IVblk” が鳴らされた瞬間に リスナーがリアルタイムで感じ取るもの 、そこにもこうして違いが現れたのです!
非常に興味深い発見ですね。

ここまでのまとめ

  • ”♯IVø7♭♭3” は「減三度型 Blk」である。

  • 既知の ”♯IVblk” と鍵盤上での見た目は同一だが、”ソ♯” と ”ラ♭” の綴りが異なる。

  • 両者で全く異なる前後関係によって、それぞれの ”♯IVblk” が現れる。

  • ”♯IVblk” が鳴らされた瞬間に リスナーがリアルタイムで感じ取るもの にも、両者で違いがハッキリと現れる。

ここでは、既知の系統の Blk と「減三度型 Blk」の差異を明らかにしてきました。
ですが実際の楽曲制作においては、「Blk を鳴らしている間に中身をすり替える」とか、あるいは「両者のどちらともいえない中間状態を作る」とか、さらにそれらを利用して転調するとか、そういったことももしかしたら可能かもしれませんね。


総括

さて、ここまで「減三度型 Blk」について解説してきました。
最後に総括です。

Blk の ”本質”

今回の和音は Blk の一種ということでした。

Blk というのは、[ 0 半音、2 半音、6 半音、10 半音 ] のフォーメーションからなる四和音の ”総称” です。
その名称に、和音の由来や意味、文脈というのは含まれていません。
それは Blk の個体によって変わってくるのです。

Blk はただ単体でいると ”抜け殻” 同然の和音。
その前後に他の和音たちが並んであげることで、はじめてそこに ”魂” が宿る。
Blk の ”本質” とはこのことではないでしょうか。

コード理論の ”欠陥”

現行コード理論において、”減三度” という音程にはコードシンボルが与えられていません。
コードネームというシステム下において、”減三度” は ”長二度”(あるいは ”長九度”)として名前を書き換えられてしまうのです。

もし私が「この和音は『減三度型』ですよ〜」と表明をしなかった場合、この和音を分析した人はどのようなコードネームを与えるのでしょうか?
”ラ♭” に聴こえるという事実があるのに、もしそれが理屈で ”ソ♯” に書き換えられてしまうのなら、こんなにも嘆かわしいことってないですよね。

他にも、余談で軽く触れた「増六の和音」の ”増六度” という音程もコードシンボルが与えられておらず、一般的に ”短七度” に書き換えられてしまいます。
古くから愛用されてきた ”増六度” という音程を、ジャズ界やポピュラー音楽界は「お前らは必要ない」と、コードネームというシステムから排除しているのです。
そんな偏狭で傲慢なシステムが、自身に ”欠陥” を抱えていることにも気づかず、「自分がいちばん汎用的なシステムです、全世界で通用しますよ〜」という顔をして世に蔓延っている。
あまりに歴史を弁えないにも程があると思いませんか?

もちろんギターとかで指を押さえるだけなら、”減三度” だろうが ”長二度” だろうがどっちでもいい。
”増六度” だろうが ”短七度” だろうがどっちでもいい。
Blk を全て一緒くたに ”blk” と表記してもいい。
音響は変わりませんから、むしろ一緒にしてしまったほうが楽ですよね。

しかしこうして簡素化されたコードネームによって、和音の ”本質” というものが隠蔽されてしまうのです。

コードネームというシステムは、音を鳴らすという目的に特化したものです。
理論を展開していく、和音の意味を伝達する、そういった目的まではカバーしきれておらず、コード理論に穴や軋みを生じさせているのです。

”コードネーム的思考” からの脱却

このようなコードネームで表すことのできない和音は、たくさん存在します。
12 音に区切られた世界の中にも、”未知の和音” というものはまだまだたくさん眠っているのです。

そんな中 ”コードネーム的思考” に囚われて作曲をするという行為は、このような名無しの和音、名前を奪われた和音たちと出会う機会を失い、クリエイティビティを損なう危険があるわけです。

ですから ”コードネーム的思考” を捨てて、音のひとつひとつときちんと向き合い、音を重ねたり繋げたりして音楽を組み立てていくと、新たな出会いや発見があって楽しいわけです。

自分の耳を信じて、自由に音楽を作っていきましょう!

最後に

長い説明になりましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

この「減三度型 Blk」について、もし「使用例を見つけたよ~」とか、「自分も自力で既に発見していて、もう曲を作ってるよ~」とか、何か情報を持っている方がいらっしゃれば、ぜひコメントで教えてください。

また、ご意見や感想、質問等もコメントでお待ちしております。

YouTube の高評価、コメント、チャンネル登録もよろしくお願いします!

謝辞

本記事では参考文献として SoundQuest さんの記事を紹介しました。
いつもお世話になっているサイトですので、この場を借りてお礼を申し上げます。

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