明日が幻想だから

持論があった。
ずいぶん昔から信念のように一人語りをする持論。自分に話しかけ、自分を諭すように。
それはあたかも、自分ではない誰かに話しかけるようで、僕自身としても不思議な言葉だった。
心の中で続ける会話。
いや、会話ではなかった。自分本体と、それを見つめる意識としての自分。そして僕。
本体は彼、意識は君、そう呼んでいた。
僕は君に話しかけた。
「なぁ、君はどうして明日が来ると思っているんだ?」
君は何も語らない。
まるで僕の声が聞こえていないように、無視を決め込む。
いや、無視ではないか。
本当に君は彼のことしか見ていないから。
彼の動きに目を光らせているだけだから。仕方のないことかもしれない。
もう直ぐ三十歳になろうとしている三人なのだから、それぞれが自分の役割に没頭していてもおかしいことではなかった。
話は変わるのだけれど、僕たちは見ているものが少しずつ違っていた。
彼は、目の前のことしか見えない。
君は、少し先のことばかり考える。
僕は、死ぬときのことを考える。
だからと言って、僕に先見の明があるという話ではなくて、ただ彼と君に聞いて欲しいことが多いだけだった。
彼は、自分のことを語りたがる。
君は、周りのことを語りたがる。
僕は、彼と君に伝えたがる。
僕たちは、誰一人として同じ方向を向いてはいない。
だから、僕は一人語りを続けるのだった。
「彼はどうして明日が来るだなんて思っているんだ?」
僕の持論は、明日が来ないという話だった。
中身のない入れ物だけだった純真な彼は、今や君に乗っ取られようとしている。
周りばかりを気にする君は、彼に成り代わって彼だった君になろうとしている。
大人ぶった何かになろうとしている。
純真を忘れて、言い訳と嘘を覚えて、大人になろうとしている。
僕は怖いよ。
いつか、老人ぶった僕が君を乗っ取るとき、君が明日が来るなんて幻想に生きていないか怖いよ。
「明日なんてものはないよ。だから前を向いて生きるんだ」
前を向いて生きるんだ。
周りに振り回されちゃいけない。明日が来るなんてそそのかされても、諦めちゃいけない。今日を諦めちゃいけない。
だってそうじゃないか。
彼が生まれた日は、いつだったかの明日だけれど、そのとき、その朝は間違いなく彼にとって今日の始まりだったんだ。
そして、純真な彼と別れを告げようとしている君が不安におののいている今も、今日であり、今だろう。
僕が彼と君を引き連れて死んでいくときも、その最期の一瞬まで今日が終わることはないのだから。
僕も、彼も、君もずっと今日を生きているのだ。一緒に生きているのだ。
だから
「今日を生きて欲しい。素直に、求めるものを求めて生きて欲しい」
三角座りの僕に、君は振り返りもしない。
それでも今日が続く限り、僕は諦めず、生きて行く。
君と彼と一緒にわたしを作っていく。
諦めずに生きて行く。

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