第4話 寝言も本気

4way

 クビにしたはずの佐伯くんは3日後に戻ってきた。なんでも、彼は漢気の塊らしい。気合いでなんとかしたらしいのだが。何も言うまい。
 そしていま、目の前で寝とる。
 仕事中もなかなか漢気に溢れていらっしゃることだ。本当に、殴り倒したい。
「課長……」
 振り上げた拳が空を切る。
「昨日……社長を巴投げのうえ組み伏せ……ズー」
 寝とる。
 で、なんだって?
 社長を巴投げ?
 どんな夢を見とるんだ。けしからん。
「佐伯くん、起きなさい。……佐伯! 起きんか!」
 のっそり佐伯氏はお目覚めになるのだが、特に周りを気にするそぶりもなく、悠然憮然にあたし前な世界の中で大あくびをお召し替えになられた。
「起きてます。夢は見ましたが、夢を見ている意識があったので私は起きていました。仕事はしていません。すみません」
「謝る気あるの? ないよね、ないだろ? なんで君が会社に戻れたのか……僕はもう世界ふしぎ発見の野々村君な気分だよ。三十年集めた仁君全部没収だよ」
「か、課長! 今の最高ですよ! 面白すぎて腹下しそうです! 正露丸です、下るぜ下剤です!」
 面白くないのか、下らなくないと言いたいのか、それともただ君が馬鹿なのか。佐伯くんのユーモアが三年経ってもわからないのだ。
「そうかい。下りすぎて脱水して入院でもしてくれない?」
「そんなことより課長」
 そんなこととは存外である。私が佐伯君にご退場頂きたい気持ちは妻への愛より重いというのに。
「昨日、社長を巴投げたのですが」
「投げちゃったの? 夢の話じゃなかったの!?」
 驚きお通り越して背骨があらぬ方向に折れそうだった。
「仕方ないじゃないですか。クビという収入源を奪う行為は、品行方正、清貧などという言葉がこの世で最も似合わない私を死に追い至らしめる行為なのですから。それを宣告した社長にもそれ相応の覚悟をしていただかないと」
なにやら説得力のありそうな物言いであるが、それはいかんよ佐伯君。
「なに君、社長を巴投げて脅しの末にクビを撤回させたわけ?」
「だとしたらなんだ?」
 喧嘩腰に言われることではないと思うのだけれど、間違っているのは私のほうなのだろうか。
 そもそも、と思い出してみれば、クビにしたのは私であって社長ではない。
「だとしたらも何も、障害事件で訴えるよ。僕はどうも君のことが大嫌いなんだよ。そもそも――」
 つい今しが気づいたことなのだが、人間の信頼関係というものは本当にもろいもので、彼のおしょんか爆破でおしょんを取った行動は、なにせ許せる行為ではなかったのだ。
「――そもそも、クビにしたのは僕だよ。佐伯君」
「え? そうなのですか。ですが、まぁいいです。私もあまり課長のことは好きではありませんでしたから。結果、社長にお願いして僕、部長補佐になりました」

 それこそ、寝言のような話であった。

next!!

風見office~sine 2006~ 風見かおる

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