スーパーライヤー
「おーい、まだ起きてる? ねぇ、返事してよ」
真夏の夜。大学の研究室。
寝たふりは得意だが、死んだふりって言うのは今まで試みがなかった。
レポート提出まで6時間を切った28時頃、「ちょっとトイレ」くらいの勢いの死んだフリが始まった。
「……起きないなぁ」
起きない発言、すなわち今回の宿敵は、マイガールフレンド、彼女、つまり俺の充実の権化たるお方である。
マイ彼女なので世間一般論で彼女を評価しよう。
ぶっちゃけ、なんでこんな女と俺様が付き合っているのかというほど、彼女は……そう、もうそれは壮絶に救い難いほどーー
可愛い!
っうへ。っと気持ち悪く笑えるくらい可愛い! 響子さん好きじゃー! と叫んでいいくらい心は五代くん。
……めぞん一刻の続きはTSUTAYAでお願いするとして。
淡い亜麻色のショートヘアは、前髪が長めで目元を少し隠し、しかしそこから覗く面持ちといえばちょっと怯えるくらいが色々な意味で丁度いい小柄な女の子である。
実に、可愛い。
本題に戻ろう。
ぶっちゃけ、目を閉じる行為そのものが別の意味での自殺行為だ、ということは言うまでもない。何せレポート提出が遅れれば留年確定なのだから、寝たら終わりだ。
それでも彼女をちょっといじめたいがために果敢にドッキリを仕掛ける俺にスタンディングオベーションだし、そのまま寝たとしても話題提供者としてノーベル製菓から平和記念品ものだという事を覚えておいていただきたい。
「起きない時は殴ってよろし。そう確かに約束したからな。殴るか」
なぜ中国人風片言か知らんが……キタ。
これまではただの寝たふり。
そしてここからが本番、死んだふりショーの開幕だぜ。などと内心に眠る魂がロックなことになったその時ーー
ッブ、ッブ。
ーー微塵の隙もなく音の途切れるスイング音が室内に響いた。
あれは、バットだ。
確実に「起こすために殴りました」では済まないバッドなやつだ。
殴ったら殺人ショーなやつだ! ちょっと待て! お前、俺を殺す気か! 正気の沙汰じゃねぇ!
一瞬肩が震えた……
ははっしかしおれも馬鹿じゃない。彼女のやることに怯えてどうするんだ。
彼女について少し補足をすると、あんな顔をしているが変人か変態かと問われると、ちょっとサディスティックな変態なのだ。
とはいえ、どうせ寝かせない為の牽制だろう。その程度のこと、気にできるか。
そんな逡巡の途中である。頭の上で机に穴が空いた。
「この程度では起きないと。まぁいつものことよね」
いつものこと? いやいや、いつもこんなハードな責め苦はないと思うのだけれど?
寝たフリの申し子と呼ばれた俺のこと、彼女も警戒をして俺を寝かさない予定だったか? というかスタートからこれだと……ハハァーン、まじで殺す気か?
それなら俺とて負けはしない! 俺の寝たフリ死んだフリとお前の殺意、どちらが勝つか勝負といこうじゃないか!
俺だって一度や二度の失敗でこのデスゲームから足を引けない!
そう、これはデスゲーム。死んだふりと、殺意の混沌が織り成す化かし合いの夜明けである。
蚊取り線香の匂いと夏の夜の虫の音のみが静かに響いた。
先制攻撃は決められたが、ジャブ程度の殺すフリで俺が目覚めるはずもなかろうに。ちょいとびっくりしたがな。
当然この勝負、俺からの攻もある訳だ。
すなわち、死んだフリの始動である。
彼女が立ち上がりかけに揺らした机。この好機を逃すは将の恥だ。
ゆっくりと身体が椅子から崩れ落ちた。
重力に一切の抵抗を示さず、そして床を恐れるなかれ。
寝真似究レバ其ノ境地、即チ死ナリ。
昔の偉い人がそう言っていた気がする!
ならば! 行くしかないではないか!
地面とのキスなど、男同士のそれと比べればさしたることもなし!
事前に口いっぱいに含んでおいたケチャップを吐き出し、豪快に椅子を倒して崩れ落ちた俺に彼女が驚き、ゆっくりと近づいてきた。
「おーい、なにしてんの? ねぇ、てば!」
無心なれば、答えることもなし!
「まさか…救急車! 110番? いや#9910番? ちがう! えーと、0120-558-735だったっけ?」
これは効いた! この慌てっぷりったら!
なかなかのダメージを与えたようだが言わせて貰おう。
9910番って高速の非常事態通信だろ? 末尾735に至っては長いし普通出てこないし高須クリニックだし! 整形疑惑かバカヤロー!
「 ……落ち着こうか。そもそも……待てよ、これも演技の可能性があるわよね」
人の死に場に慌てた後に演技の可能性は疑っちゃいかんでしょ?
人間不信起こすわー。
しかしだよ、ここで蘇生してしまうとせっかくの死んだフリも台無しなわけで、ここは声を殺して果敢にも死んだフリを続けようじゃないか。
「仮に急病とか、急死でないとしてですねぇ、そういう場合これは死んだフリということになりますが、マイ彼氏は私の突きつける話に起きずにいられますか?」
さすが俺の彼女、思考の優先順位が逆!
むしろ、彼氏の危機の可能性が軽視されている現状に与野党一斉抗議で起立しそうだよ!
彼女の発言は瞬時にしてツッコミ欲求を刺激してきたが、何とかこらえた。
「このまま寝たふり死んだフリを続けるなら、あなたを殺して、私も死んじゃうよ。ある意味ご褒美だよ。同じお墓に入ろうよ!」
うわーほんとに重いカミングアウトきましたよ。そんな気はしていたけれど、俺の彼女、どエスじゃなくてヤンデレじゃん……。
「若しくは死んでるなら、私も死んでお墓に入っちゃうよ? 死亡診断書より先に婚姻届け書いちゃうよ? 救急車とか呼ばないよ! 霊柩車しか呼ぶ気ないよ! 墓石の匠呼んじゃうよ?」
愛が重いよー。
起きないと殺されちゃうよー。
……。沈黙が続いた。
「だから、起きて。愛してるの。起きてちゃんと私を愛して」
泣くなよ。
俺、死んだフリだし。
そろそろ、起きてやるか。
むっくり生き返る。
「すまん、俺も愛してる」
溢れるような笑が響いた。
なんだこの茶番は…と。
きっと彼女もそうなのだろう。二人で笑いあった。
「うん。今度こんな真似したら、全部事実にしちゃうぞ?」
しかしまぁ、彼女の嘘は少しずるかった。
あぁそうだ追伸
二人で見た朝日……レポートがやばい。
『スーパーライヤー』 風見office~Since 2006~©風見かおる
あとがき
どうも、風見かおるです!
いやー、短編ですが久方ぶりにちゃんと完結したお話しを書くことが出来ました。
こうしてのんきな休日を過ごせるのも、毎日毎日こき使ってくれる会社のお陰だと感謝の念に……至るわけねえだろバカ野郎!
学生諸君! 君たちは明るい未来のために、耐えるときは耐え、来るべき時に備えなさい。そして言うのです。こんな会社辞めてやる!
閑話休題
――ともあれ、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
私はどうしても行きたくなかった、中国出張がついに決まり、というか命令が出たので超絶憂鬱です。
未知の国、中国という大国のパイチュウカンペー、なる異形の儀式の洗礼を受ける時がついに来てしまいました。
嗚呼、憂鬱でなりません。
こんな私ですが、次回作も頑張って作りますので皆様
風見かおる、そして仙大共々
風見officeを今後とも宜しくお願い致します。
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