見出し画像

やってみたい!を一緒に実現する宮崎県小林市のまちづくり〜株式会社BRIDGE the gap 代表取締役 青野雄介さんが語る〜(前編)

宮崎県小林市を含む西諸地域の西諸弁には、「てなむ」という言葉があります。これは「一緒に」という意味です。

小林市は新しいことに挑戦できる街として、ユニーク移住動画や一風変わったお肉のイベント企画など、さまざまな取り組みをして情報発信をしてきました。外からUIターンしてきた人も地元の人も一緒に、小林市を盛り上げるプロジェクトが進行しています。

一方で、転出超過による人口減少と空き家空き店舗問題も進行中です。

遊休資産を活用した循環型まちづくりを目指し、人が集まり一緒に交流できる場づくりがスタートしました。このプロジェクトは中心市街地活性化事業の一つで、街には新たな交流拠点ができています。

当プロジェクトにも携わり、小林市で地域商社を起業した元地域おこし協力隊の青野雄介さん(株式会社BRIDGE the gap 代表取締役)に、小林市のまちづくりプロジェクトについてお話を聞きました。

株式会社BRIDGE the gap 代表取締役の青野雄介さん

小林市で地域の人と一緒に事業を作りたい企業、地方での新しい事業を検討している企業の皆さんに、青野さんのお話を通して一緒に「未来」を描いていただけると嬉しいです。

本当にやるべきことは何なのかを考えた結果の地方移住

小林市の良いところは、「やってみたい!」と声を上げたら、それをどうしたら実現できるかの視点で市の職員が一緒に考えてくれるところです。

僕は、小林市とは縁もゆかりもありませんでした。専門商社で働いていた頃、福岡市と宮崎市に転勤で生活したことはありましたが、同じ九州でも小林市に住むことになるとは当時は思いもしませんでした。

新卒で就職活動をしていた時から、自分の仕事のテーマは「環境問題の解決」でした。それは今でも変わりません。

就職した専門商社には「環境チーム」というのがあり、そこで働きたくて入社しました。3年後に希望部署に異動でき、充実した会社員生活を送っていたものの、僕が考えていた「環境」と食い違いがでてきました。資本主義の会社だから、経済合理性で環境問題を判断せざるを得なかったのです。つまり「環境」イコール「コスト」という捉え方でした。

「本当にやるべきことは何なのか」

と考え始めるようになりました。壁を感じたのです。
そんな時に「地方創生」というキーワードが世間をにぎわし始め、メディアでも取り上げられるようになりました。

徳島県神山町から始まった各地の地方創生の大きな動きを知り、次第に地方移住へ気持ちが傾いていきました。僕の心を引きつけたのは、従来のハコモノ建設ありきのまちづくりではなかったこと。既存の資源をどう再定義して発信し、人やお金をどう取り込むのか、というのが本筋の地方創生で、まさしく「環境問題の解決」という自身の仕事のテーマにもマッチしていました。

既に結婚して嫁さんも子どももいたので、1年越しで家族を説得し、地方移住を決断しました。2015、16年当時の地方移住の働き口というと、就農がスタンダードでした。

宮崎県の南西部に位置し、畜産農が盛んな小林市

僕は農業を軸にした循環型ビジネスを考えました。
就農先を探す中で地域おこし協力隊制度を知り、大阪で開催された協力隊募集のイベントに参加し、移住先を検討しました。そこでたまたま声を掛けられたのが宮崎県小林市だったのです。ブースで話を聞くと、小林市では市内で起業して定住する地域おこし協力隊を募集していて、1年目は3割、2年目は5割、3年目は7割の時間を起業準備に当てられるとのことでした。

知識ゼロの農業の世界で起業するには、学ぶ時間が必要でしたし、家族もいるので生活費を稼ぐ手段も考える必要がありました。小林市なら地域おこし協力隊の活動をして収入を得ながら、起業準備に十分な時間を取ることができます。

まさに、運命を感じました。
小林市が宮崎県にあることもその時初めて知ったくらいで、移住候補先にも入っていませんでしたが、現地にも行かないまま応募をしました(笑)。

こばやしマルシェの実行委員長としてネットワークを築く

地域おこし協力隊として小林市の地方創生課に着任してからの取り組みとして、Kobayashi Organic(コバヤシオーガニック)という団体をつくりたい!」と提案したことがあります。宮崎県小林市を拠点とする有機農業生産者団体の事務局をつくり、有機農業の技術と考え方を共有し、持続可能な農業生産を目指す取り組みをしたいと考えたのです。
ただ、反対されるだろうなとも思いました。なぜなら、特定の農家だけの組織をまちがバックアップすることは、行政的な整理としては微妙かもしれないと思ったからです。

しかし、小林市の職員は「いいですよ!」と後押ししてくれました。その後もやりたいことを提案したら、「どうやったら実現できるか」ということを一緒に考えてくれました。行政ルールに触れそうな案件のときは、「こういうルールで調整できないか?」と提案をくれたりもしました。結局これまで、小林市に「それはできない」と回答されたことは一度もありませんでしたね。

小林市で生産された有機農産物

事業としての最初の取り組みは、「こばやしマルシェ」の実行委員長としての活動です。月1回開催する朝市。小林市の総合政策の一つでもあったのですが、実行委員長に地域おこし協力隊はどうかという話が沸き上がり、僕に話が回ってきました。ただ、僕にとって、この事業を任せてもらえたことは非常に良かったです。なぜなら、地域の店舗集めを通して、ネットワークができたから。商工会議所などが実行委員会に入ってくれたので、途端に小林市での人脈が広がりました。

3年間の地域おこし協力隊の活動では、この2つの事業に加えて、小林市野尻町の官民複合団体「薬草・ハーブ活用推進会議」のメンバーとして、ハーブを活用したまちづくりを行いました。

もう1つは、宮崎県の地域おこし協力隊の共同体「地域おこし協力隊みやざきサミット」の実行委員としての活動です。地域おこし協力隊は何のバックグラウンドもない知らない地域に入り、それなりの成果を求められるので、うまくいかずに苦しんでいる隊員もいます。やりたいことはあるけれど、なかなか実現できないもどかしさ。どの地域に派遣されても、抱える課題は似たり寄ったりです。宮崎県に来て活動している仲間同士のネットワークができることで、そうした課題の解決を目指し、他地域の協力隊仲間と一緒に立ち上げました。

就農ではない起業を選択、コーディネーターとしての役割

もともと就農を目的とした地方移住だったので、地域おこし協力隊の任期中は農家さんに学ぼうと考えていました。Kobayashi Organic(コバヤシオーガニック)の団体を立ち上げたことで生産者と直に触れ合う機会に恵まれました。

ただ、同時に僕の将来を改めて考え直すきっかけにもなったのです。
出会った全ての農家さんたちが、本当にすご過ぎたからです。素晴らしい生産物を作り、突き抜けていました。もう単純に「すごいな!」と憧れる農家さんが山ほどいて、圧倒されました。自分がこの世界にポーンと飛び込んでいって、一体どれほどのインパクトと実績を小林に残せるのだろうか。彼らが培ってきた素晴らしい技術を追い求めることが、果たして小林を活性化することになるのか。

「Kobayashi Organic」での活動風景。手前が青野さん

悶々と悩んでいたとき、若い生産者さんが僕にこうアドバイスしてくれました。

「今、国の施策では『地域商社』がホットワードみたいだよ。青野くんは商社で働いていたんだから、そういう方が向いているんじゃないの」

確かに、各農家はそれぞれに素晴らしい生産物を作っているし、単体のプレーヤーの話を聞くと、皆突き抜けています。しかし、「小林」という視点ではまだまだ横の繋がりが弱いと感じていました。生産者ではなく、別の立場からでも農業を盛り上げていけるのではないかと気づきました。

横のネットワーク、面としての動きを強くさせることで、小林全体の農業の力を上げていくお手伝いができるのではないかと思いました。まさに、商社で働いていたときにやっていた「コーディネートする」こと。「地域商社」というワードがしっくりくるようになり、起業の方向性が固まりました。

僕にはもう一つ、起業に向けて思い描いていたことがありました。シャッター街をどうするかを検討する中心市街地活性化の取り組みです。

<<< 後編へ続く>>>

高千穂峰(シンセン!こばやし!フォトコンテストの最優秀賞)