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自分の存在意義を見つめ直す

自分の存在意義はどこにあるのか?
あまり真剣に考えたことなかったし、考えても分からない気もしますが、最近ステキな方にお会いする機会があり、感銘を受け、自分の存在意義を改めて考えるようになったので、ここにご紹介させていただきます。

ご本人に許可取ってないので、匿名で。



とあるウエディングプランナーさん

兵庫県の、とある地域にてフリーでされておられるウエディングプランナーのNさん。

最初は、noteでお会いしました。その後、Facebookで一方的に。ちょうど当社でウエディング関係の企画を考えていました。業界の人にお話を伺いたい、でも業界内で”普通”の方からお話伺っている限りは”普通”のアイデアしか出てこない。”ちょっと変わった方”であり、自分として企画を進めるのですがら大きく共感できる方がいい。そんな中、ネットの世界は絶大です。見つけてしまいました。Nさん。

こちらはnoteやFBで出会ってるので親近感が満載ですが、面識のない方。
さて
どうしようか

まあ、考えても仕方ないので、色々と辿るとなんとか連絡する手段はありましたので、連絡してみます。

そして

しばらく後に

お会いする機会がありました。

わたしとしては、お会いする機会を頂戴することができた時点で、本当に良かったなと思っています。普通怪しいですよね。どこの誰か訳分からん人が突然「会いたい」って連絡してきて。

実際にお会いさせていただいて、正直なところ少し印象と違いました。

お会いする前は、とても策略家で、思想に溢れ、異次元の世界の方かと思っておりました。

しかし、実際にお会いして

ものすごく楽しかったです。
なんでしょう、あの楽しさ。Nさんの人間味が溢れ出ていることは当然。まあ、関西人ですね、とりあえずはオモロいです(笑)

結婚式

人生で(ほとんどの人が)一度きりに味わうイベント。

そこにかけておられる Nさん。

人間が一番美しくなるのは、あるポイントに向かって邁進している姿だと思っています。まさにNさんは、邁進というか猪突猛進というか。

プランナーさんって、どうしても仕事として、引き出物は、お花は、料理は、音楽は。と、一つずつをタスクに落としてしまいがちなんだと思います。仕方ないですよね。一日に何組も相手にしないと商売としては成り立たず、人数が増えたり、式がゴージャスになればなるほど儲かるのですから。Nさんも仰ってましたが、ミスは絶対に許されない世界。確かに。引き出物が足りなかったとか許されん。その正確性を求めるというのは商売として儲かる方向(効率化)に持っていくのは当たり前の行動。

うちの業界もそうだな。品質という正確性を追求する。品質は担保されて当たり前。低ければ、なんでなんだと問題になる。ただ、品質とは?はかなり重要。システムにバグがないこともだが、業務に浸透しないシステムは品質が高いとは言えない。

ミスがなく進行する結婚式でも、感動が薄いとあまりハッピーではない。

Nさんも、商売として儲かる方向に持っていかれてます。

ただ

人生で一度きりのイベントを、これ以上ない演出で飾ること

そこに全力を降り注いでおられます。

全力とか、表現が中途半端かも。

全身全霊 もう霊ですね。

大変失礼な言い方ですが、プランナーさんにも関わらずプランニングしてないんです。Nさんの感性で準備も当日も迎える。そこに100%の信頼でお任せできる新郎新婦に親族の方々。結婚式は二人のものではなく両家のものだと言われます。まさにその通りだと思うし、そこにNさんは独特の人懐っこさでご両家に入り込み、皆にとって最高の結婚式当日を迎える。Nさんにお願いした新郎新婦はこの世で一番幸せだと思います。

なぜか

霊です

全身全霊を注いでいるからです、きっと

形式ではない

礼儀作法でもない

心でしょう

私自身はプランニング会社さんに結婚式をお願いしました。もう記憶がかすれまくってますが、とても幸せな結婚式だったと思います。

ただ

「この人のために」

そういう考え方ができるようになったのは、やっと、つい最近

Nさんに出会っていれば

変わったんだろうか

分かりませんが、一生の出会いにだったんだろうなと思います

この人のために自分ができることは?
何もできないかもしれない。いや、きっと大したことはできない。
ただ
自分が愛する、敬愛する、信頼する人が幸せでいること。そのために自分が何ができるのか。望まれてないかもしれない。期待はないでしょう。結果はしょぼいと思います。
ただ
この人のために
そう考えれるのは、これ以上ない幸せなのだと思います。



もうお一方。

ほんまにこの人すごいな、と思う方は世の中にたくさんおられます。

もうお一人は、わたしにとってはそんな存在。その中でもずば抜けた存在。
恐らくですが、私の10歳くらい年上なのですが、いつ見ても情熱的で、目がランランと輝いていて、楽しそう。楽しそうオーラ出過ぎです。わたしも楽しいことを邁進することには少しだけ自信があるのですが、その方の前に出ると、自分の「大したことのなさ」がイヤになってきます。もっとぶっ飛ばさないと。(ご迷惑をお掛けしている周りの方々、ほんますみません。)

そういえば、その方もNさんだ。

肌ツヤも良く、お会いするたびに若くなっていってるのではないかと真剣に疑っています。そりゃそうですよね、楽しさオーラ満杯なんですから。

ハンディキャップを持たれた方を納税者に、という理念の元に活動をされておられます。ご自身も身内の方がハンディキャップを持たれています。だからでしょう、伺うお話は説得力が違う。

中途半端なことは言わない

甘えない

妥協しない

のうのうと生活している自分が恥ずかしくなります。

お話を伺って、何の違和感もなく、目の前の情景が思い浮かび、そこに身を置かせていただくことを受け入れていただき、そして最後には納得させられるあの感覚。引き込まれる心地よさ、そして安心感。

まるで母親のお腹の中にいるような。(覚えてないけど)

ご活動は多岐に渡り、長年の熱い想いから、神戸だけでは留まることを知らず、霞が関からアメリカ西海岸まで、もう地球じゃ足りないのかもしれないです。

何度かお話させていただく機会がありましたが、いつも暖かく迎えていただけます。感謝しかありません。

あ、歌声もとっても素敵です。


ある日
Nさんにお願いしまして、とある方をご紹介いただきました。そのNさんが「あの人はすごいから」と言わしめる方。同じハンディキャップを持たれた方をご支援される取り組みをされておられ、ご自身がハンディキャップを持たれています。

もう世の中どうなってんだと思うくらいNさんの100倍くらい情熱的。

更に
その方からご紹介いただいた方は、これまた素敵。超々情熱的。

人の魅力はそれぞれですが、素敵な人の周りには素敵な人が自然と集まりますね。磁石みたいなものがあるんだと思います。人望がないわたしにとっては羨ましい限り。

ある方に言われたことがあります。人との素晴らしい出会いを求めるのであれば、相手の方にどれだけgiveできるか。何も考えずひたすらgiveすること。それが自分にとっての学びになるから。

常に意識しようとしているのですが、そんな神みたいなこと、なかなかうまくできません。たしかに学びです。



自分の存在意義

果たしてどこにあるのか

最近ずっと考えているが見つからず

見つかるんだろうか


ただ

いまできることを

自分がやりたいと思ったことを

それを周りの素晴らしい人たちと共有していきたい

大したことはできないが

少しでも周りの素晴らしい人たちが喜んで欲しい


自分の存在意義

永遠と探し続けるんだろうな




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