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東京メトロの掲示文――山田君の憂鬱

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山田「中村課長、貼り紙の文面は、こんな感じでいいですか?」

警 告!
 この場所において、座わり込み・寝そべる事を禁ず。
 許可無く荷物等を放置した場合は撤去いたします。
                      駅 長

中村課長「山田君。どうして、『座り込み』と『寝そべる事』を並列にしているのかね?名詞の構造が対応していないじゃないか。『座り込み』は、語尾を『こと』にしなきゃねえ…。それに、形式名詞の『こと』と形容詞の『なく』は、普通はひらがな書きにするものだよ。さらに言わせてもらえば、『座り』の送り仮名を間違ってるし、だいたい、どうして最後だけやたら丁寧な敬語なんだね。威厳がなくなるだろう。そうですよね?斉藤部長!」

斉藤部長「うむ。しかし、『座り込むこと・寝そべること』とすると、表現が冗長になるんじゃないかね、中村君?」

中村課長「いやあ、部長のおっしゃる通り。まさに、そこを言いたかったんです。山田君、『寝そべる事』のほうを、もっとキリッとした表現にできないのかね。部長もああ言っておられるんだし」

山田「いやあ、それがうまく言えなくて...」

中村課長「おい、山田君。担当者の君がそんなことでどうするんだ!『座り込み』と並列にするなら『寝そべり』だろう?」

山田「『寝そべり』...ですかぁ?」

中村課長「『座り込む』の連用形で『座り込み』が名詞になるんだから、『寝そべる』の連用形で『寝そべり』に決まっとるじゃないか!」

山田「いやあ、『寝そべり』って、これまでに一度も使ったことも見たこともない表現ですし...」

中村課長「君の人生経験の有無で決まるような問題じゃないんだよ!これは、東京メトロの威信をかけて、この場所での座り込みや寝そべりや放置荷物を黙認するか、断固排除するかどうか、ということなんだよ、きみぃ!」

斉藤部長「まあまあ、中村君。山田君が一度も使ったことも見たこともない言葉じゃ、若いお客様が読んだ時に違和感があるだろうし、ここは『寝そべる事』のままでいいんじゃないかね?」

中村課長「いやあ、部長のおっしゃる通り。まさに、そこを言いたかったんですよぉ。山田君、『寝そべること』がいまどきの表現なら、むしろそちらに合わせた表現を使うべきだということなんだよ。ただし、『こと』『なく』は、ひらがな書きにしてくれたまえよ、ひ・ら・が・な・に、きみぃ!」

斉藤部長「それも、漢字の方が、見た目が引き締まっていいじゃないか」

中村課長「いやあ、部長のおっしゃる通り。まさに、そこを言いたかったんですよぉ。山田君、すべて原案通りでいくことにしよう!」

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