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未公開こぶ取り引き(2)

◆リスクテイクはほどほどに◆

 巨木のうろの中で目覚めた右こぶ爺さんは、気力も体力も充実していました。外をのぞいてみると、青鬼の言ったとおり、鬼たちが宴会を開いていました。緑色の鬼のマジック・ショーがちょうど終わりかけていて、むぎわら帽子からカラスがバタバタと飛び出したのをみて、鬼たちは拍手喝采。赤鬼は緑色の鬼に、たいそうな褒美を与えていました。

 さて、次はいよいよ青鬼の番です。自信なさ気にステージに上がった青鬼は、助けを求めるように他の鬼たちの表情をうかがっていますが、手下の鬼たちはうつむいたままで誰も助けようとしません。赤鬼の表情が次第に険しくなってきたのを見た青鬼が、意を決して芸を始めようとしたときです。右こぶ爺さんは、京の都の流行歌を歌い、最新の振り付けのダンスを踊りながら、ステージの上に文字通り躍り出ました。右こぶ爺さんの歌声は辺りに響き渡り、またその踊りは激しく華麗で、見ていた鬼たちの心をギュッとワシづかみにしました。芸の苦手な青鬼も思わず同じステップを踏んでいるほどです。

 右こぶ爺さんのダンスが終わると、一瞬の静寂の後、山が揺れるほどの喝采が巻き起こりました。いつのまにかステージの周りには、山中のけものや鳥たちも集まっていました。赤鬼は、上機嫌で右こぶ爺さんに声をかけました。

「おまえは、人間にしては面白いやつだ。おかげで宴会が盛り上がったわい。褒美をやろう」というと、手下の鬼たちに金貨の入った袋を持ってこさせて、右こぶ爺さんに手渡しました。そばで見る赤鬼の顔は、とても恐ろしいものでした。

 赤鬼は、

「明日の宴会にも来てくれるよな」

と、有無を言わせぬ調子で右こぶ爺さんに言いました。青鬼が言っていた、宴会で手下に一芸を強要するというのは、どうやら本当のようです。右こぶ爺さんは、金棒でケツを殴られるのはいやだなぁと思い、無意識に右の頬にあるこぶをなでていました。困ったときにこぶを触るのが癖なのです。

「おい、どうした。それじゃあ、その大事そうにしているこぶを預かっておこう。明日の晩にまた来たら、返してやる。」

そう言うが早いか赤鬼は、右こぶ爺さんの頬のこぶを、ゴリッ、ともぎ取ってしまいした。

 頬にこぶがついていることに悩んでいた右こぶ爺さんは、こぶが取れて内心大喜びでしたが、とっさに、こぶの担保価値について赤鬼の誤認を増長させておけば、明日も来ると信じて無事に帰してくれるはずだと思いつきました。そこで、

「ああ、赤鬼さん。私の大事なこぶをとってしまったんですね。そのこぶがないと、私はこれからどうやって生きていけばよいのかわかりません。絶対に明日は返してくださいね」

と言って、おろおろと困った振りをしながら、金貨の入った袋をしっかりと持って、そそく

さと山を降りていきました。

 山道を下りながら、右こぶ爺さんは考えました。「どうやら、うまくいったわい。こぶに担保価値があると思うなんて、所詮は鬼の浅知恵よ。もらった金貨でこぶを買って赤鬼に差し出し、また金貨をもらうという循環を繰り返せば、そのうち何百倍もの金貨が手に入るわい。」とうそぶきました。しかし、次の瞬間、右こぶ爺さんの頭の中に、どこからか分かりませんが「とちばぶる」とか「ぶらっくまんでえ」などと、意味の分からない呪文のような言葉が聞こえてきました。

 急にそら恐ろしくなった右こぶ爺さんは、ぶるっと身震いすると、考え直しました。「青鬼の窮地を救って貸しができたし、金貨ももらった。今後はリスクを避けて、これを地道に増やすことを考えよう」。こうして、インサイダー情報に基づくハイリスク・ハイリターンの勝負に勝った右こぶ爺さんは、転がり込んできた金貨を元手に畑を購入し、小作人からの賃借料という財産収入による、悠々自適の生活へと歩み始めるのでした。

 「しかし、明日の宴会をすっぽかすわけにもいかんわい。どうしたものかのう・・・」考え考え山道を下る右こぶ爺さんは、不意にニヤリと歪んだ笑顔を浮かべました。「村には、もうひとつ、こぶがあるわい」

(つづく)

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