レムデシビルでコロナは終息しない

アビガンが効かないことにようやく気づいたのか、急転直下レムデシビルの承認を目指すという話が降って湧いたわけですが、アビガンほどではないにしても、レムデシビルも「そんなに当てにはできないな」と考えるに足るだけの材料がすでに出ています。

1. アビガンは効かない

アビガンが効かないことについては前に書きました。

https://note.com/k_owaki/n/n41bb28b3c6b7

要約すると、

・「アビガンが効いた」という結果を出したとされるほとんど唯一の対照試験は、死亡率の減少などの真のアウトカムを評価基準にしない「志の小さい」試験であるだけでなく、事前の登録と結果報告とで試験内容がまったく違い、「ズルをしなければ小さいアウトカムさえ出せなかった」ことの状況証拠と言える
・アビガンはもともと使用目的とされたインフルエンザに対してさえもタミフル以下の効果しか示しておらず、COVID-19にならよく効くと考える理由はない
・一般に感染症は治療薬がひとつあればなくなるものではなく、めちゃくちゃ効く薬がある結核でさえいまだに蔓延しているのだから、COVID-19にちょっとぐらい効く薬があっても状況は変わらない

ということです。

この記事に対して「エビデンスがまだないのはわかるが、慎重な態度を呼びかけるならこの煽った題名はいかがなものか」とか「効かない理由が書かれていない」とか「RNAポリメラーゼを阻害するから効くはずだ」といった反応が多かったので、もう少し説明しておきます。

ぼくの主張は「効く証拠がない」ではなく「効かない証拠がある」です。ですので「効かない」という題名にしています。「しっかりしたエビデンスが出るまで待て」と言っているのではなく、「しっかりしたエビデンスなど待たなくても状況証拠だけで決着は付いている」と言っています。

突然知らない番号から電話がかかってきて、「政府の者です。還付金あげます」と言われたらまず電話は切るでしょうし、着信拒否もするでしょうし、通報してもいいわけです。その判断のために、「電話の指示に従うかどうかをランダム化し、還付金がもらえたかどうかを検証する」という試験は要りません。

「効かない理由がない」という意見の言わんとするところは正直読み取れていないのですが、「効くと思ってたのに急に効かないって言われても納得できない」ということかなと思っています(違うかも…)。

テレビで毎日のようにアビガンアビガンと言っていれば、「効くのかな」と思えてくるのはわかります。そういうのをバンドワゴン効果と言います。みんなが言ってたら本当に思えてくるということです。「効かない薬を2000人に使うわけがないのではないか」というのもバンドワゴン効果です。

人類は長い歴史の中で、バンドワゴン効果に基づいて、いまでは信じられない野蛮な「治療」を数限りなく編み出してきました。ピンと来ない人は「ニセ医学」でぐぐってください。

水に「ありがとう」と声をかけても何も起こらない「理由」をぼくには説明できません。同じように、アビガンが効かない「理由」も説明できません。「SARS-CoV-2のRNAポリメラーゼは変異していてアビガンとの親和性が低い」みたいな話(これはでたらめな例です)に興味がある人は、それこそ続報を気長に待つか、自分で研究してください。

「確かな薬がないときに検証なんかのんびり待っていては目の前の患者を救えない、未検証の薬にでもチャレンジするべきではないか」という反応も多かったのですが、これも「すでに効かないことが検証された」というのがぼくの主張ですので当たりません。

2. レムデシビルはいきなり細かい試験がなされている

アビガンの話が長くなりました。ここからがやっとレムデシビルの話です。

レムデシビルについては、正直に言うとぼくもちょっと期待していました。製造元のギリアドはハーボニーを作ってC型肝炎の治療に画期的な貢献をした会社ですので…。

しかし、4月17日にこのニュースを見て「効かないんだな」と思いました。

リンク先は「ギリアドはCOVID-19に対するレムデシビルの試験の対象者数を増やすことにした」という内容です。

一般に、試験は大人数でやるほど、小さい効果を検出できます。

「薬がないと100%死ぬが、薬があれば絶対死なない」という状況なら、薬のあるなしでそれぞれ数人も試せば「統計的に有意(≒偶然ではない)」と言える差がつきます。

「薬がないと60%死ぬが、薬があると40%に減らせる」だと数十人から100人規模の試験が必要です。仮に臨床試験がこういう結果になったらぼくは「けっこう効いた」と感じるはずですが、治療に当たる医師から見ると、効いてるか効いてないかよくわからないだろうと思います。薬があっても40%死ぬわけですから。

だから、薬を開発する立場から見ると、ものすごく効きそうだと思ったら少人数の試験で十分、ちょっとしか効かないと思ったら大人数の試験を考える、ということになります。

で、上のニュースでは、レムデシビルの試験はもともと2400人で計画されていて、6000人に増やされたとのことです。

ただしこの試験は「レムデシビルvsプラセボ」ではなく「レムデシビル5日間vsレムデシビル10日間」という試験です。「レムデシビルは効くのか」ではなく、「レムデシビルを使うなら5日間と10日間のどっちがいいのか」を調べています。

効くのか効かないのかが未検証なのに「5日か10日か」とは気の早いことだと思いますが、試験をする人たちは「きっと効くから」と思っているのでしょう。

それにしても、2400人から6000人へ、という人数の変化からは、「5日か10日か」の差が「ものすごく細かい話」であることが読み取れます。

第一に、そもそも2400人で試さないと差があるかないかわからない程度の期待だったということ。

ひとりの医者が同じ病気の患者を2400人診たとしたらけっこうな経験と言えると思いますが(インフルエンザを10年ぐらい診たらそんなもんでしょうか?)、そのレベルに到達するまでの未熟な医者には決してわからない差、というか2400人診た医者でも患者全員の経過を数えて計算しなければ判定できない差。それが最初の目標でした。

第二に、最初に思ったほどの差も、実際にはなかったということ。

2400人の試験よりも6000人の試験のほうが小さい差を検出できますので、試験の患者数を増やすというのは目標を下げるということです。

そして、目標の切り下げは試験が始まったあとで判断されました。登録情報によれば試験は3月にはもう始まっていたとのことなので、4月時点で期待どおり効いていれば、目標切り下げなんかしなくてよかったはずです。

つまり、「すでに始まっている試験の人数を増やした」ことは、「当初の予想よりも差がなかった」ことの状況証拠と言えます。

いずれにせよ、レムデシビルの試験は「効くか効かないか」の結論がまだ出ていないうちからものすごく細かい話になっています。ギリアドが効くと思ってるなら、少人数の試験でさっさと結果を出してから細かい話をすればいいと思うのですが。

とはいえ、細かい試験があるからといって、細かい結果しか出ないとは限りません。もう少し志の大きい試験もあるようです。それが次。

3. レムデシビルが命を救うかどうかは不明

で、「レムデシビルが臨床試験で効果を示した」というのが、4月29日のギリアドのプレスリリースで出ています。「主要評価項目の目標を達成した(met its primary endpoint)」と書いてあります。

リリースで言われているのはこの試験だと思います。
https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04280705

人数が800人というのも個人的には大概多いと感じますが、まあ6000人よりは志が大きいと言えます。

入院中の患者に、レムデシビルかプラセボのどっちかを使い、退院または酸素吸入不要になるまでの時間を比較する、というものです。リリースにある「主要評価項目」というのはつまり「退院または酸素吸入不要が早くなる」ということです。

この評価方法もまた、退院とか酸素吸入の有無とか、目に見えるものを扱っていますので、「志が小さい」とまでは言えないでしょう。

報道によれば、(800人だったはずの対象者がなぜか1063人に増えてるのも気になりますが…)プラセボを使った人で退院または酸素吸入不要まで15日、レムデシビルを使うと11日に短くなったとのことです。

早く退院できるならいいことのはずですが、何を基準に退院したのか、ロイターの記事だけではわかりません。無理矢理退院させるズルを防ぐために退院基準は統一していると思うのですが、公開されてるのでしょうか…? あったら教えて下さい。

CDCは「臨床的にしかるべき場合にはいつでも」と言ってますが、仮に軽症の人で(登録情報にある参加基準では、酸素を吸ってない人でも参加できることになってます)PCR陰性とかを指標に退院を判断した場合があるとすると、実質的には「検査陰性化までの時間」が「退院までの時間」に影響することになります。

検査が陰性になって退院できるならいいことじゃないか、と思われるかもしれませんが、さにあらず。「ウイルス量の減少が早い」という謳い文句で登場したけどそのぶんよく効くわけではなかった薬、みなさんご存知ですね。

ゾフルーザですね。

あと、同じくウイルス量の減少が早かったけど肝心の症状治癒に差を出せずに開発中止された薬もみなさんご存知ですね。

イナビルですね。

ソースを探してる時間がないので、気になる方はぐぐってください。ここで言いたいのは、「検査陰性化が意味のある指標とは限らない」ということです。

つまり、レムデシビルの試験について言うと、意義不明の検査結果の変化によって主要な結果が押し上げられていることが想定しうる、ということです。

ただアメリカの病院事情をぼくはよく知らないので、上の想像はまったくの的外れかもしれません。詳しい方いたら教えてください。

もっと大事だと思うのは、この試験が、死亡については第二義にしか見ていないということです。

ロイターの記事では、プラセボ群で11.6%が死亡し、レムデシビル群では8%が死亡し、その差は統計的に有意ではなかった(≒偶然かもしれなかった)とのことです。レムデシビルが「命を救う」かどうかはわからなかったということです。

ギリアドは同日にもう1本のプレスリリースで、レムデシビル5日間vsレムデシビル10日間という試験の結果も報告しています(さっきの6000人に増えたやつですね)。

この試験は直接的には「レムデシビルは効くのか」という問いには答えません。ただ、仮に「5日間と比べて10日間のほうがよく治った」という結果があれば、「5日間では効かなくても10日間なら効くのではないか」と考えるのが、まあ、妥当です(論理的には効いてなくてもありえますが、かなり強引な想定をすることになる)。

で実際どうだったかというと、14日時点で改善の度合いに差は(偶然ではないと言えるほどには)ありませんでした。

なので、こちらの結果からは「レムデシビルは効くのか」という問いは、わからずじまいです。

ふたつ合わせると、「レムデシビルが命を救うかどうかは不明」というのが、プレスリリースからわかることです。

4. レムデシビルは効かなかったという試験結果がある

さらに、プレスリリースと同じ4月29日の日付で『Lancet』に載った試験結果は、「レムデシビルはプラセボに比べて、重症度を改善しなかった」というものでした。

この試験は上に引いたレムデシビルvsプラセボの試験よりもちょっと重症の人を対象にしています。また、人数が2群合わせて237人と、けっこう高いハードルを設定しています。なので、もっと大勢で試せば細かい差が検出されてくるかもしれません。「患者100人あたりこれくらい」という程度の差ですが…。

1000人の試験で「命を救うかどうかは不明」だったのですから、まあ、そんなもんでしょう。

5. レムデシビルが仮に効くとしても、状況を変えるほどの力はない

そんなわけで、以上まとめると、レムデシビルは「命を救うかどうかは不明で、重症度を改善する大きい効果はなく、微妙に退院を早くするかもしれない」というのが穏当な解釈かと思います。

個人的には状況から見て、もっと低く見積もっていますが、まあそれは憶測にすぎません。

いずれにせよ、ほかの多くの薬と同様、「コロナの流行が爆発したら死者続出かもしれない、たいへんだ」という状況を変えるポテンシャルはありません。

いみじくも競合関係にある薬を開発している製薬企業の重役が、こんなことを言っています

「薬を新しい目的に転用した結果、それがとてもよく効くということは例外であって、普通のことではない」
「まったく新しい使用目的に対して、そういう薬が重要な薬になったということはきわめて、きわめてまれなことだ」
「薬をデザインして効かせるというのはそれくらい難しいことなんだよ」

この発言は自社製品をも指して言っています。何をか言わんや。


そんなわけで、レムデシビルだけでなく、いま雨後の筍のように試されてる薬はどれも、「大して効かないだろうけど、一番先に効果を示せばすごい売れるはず」といった種類のものです。

「いまは薬がないが、新薬ができれば…」という話は暗黙のうちに「そこそこ効く薬」を想定していますが、いつまで待っても「ものすごい微妙にしか効かない薬」しか出ないかもしれないのです。

「薬ができるまでの辛抱だから…」という考えは、確かではありません。

現実はもっと厳しいかもしれないんです。

もっと「流行は定着する、薬もワクチンもできない」という未来を見込んで何をするべきかを話題にしてほしいと思ってます。

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