大脇幸志郎:『「健康」から生活をまもる』『健康禍』
アビガンは効かない
新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
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アビガンは効かない

題名のとおりですが、早く承認しろだの増産だの規制緩和だの、風説がひとり歩きしていて見てられないので、ちょっと水をかけてみます。

アビガンばなしは何もかもがツッコミどころしかなくてどこから始めればいいのか迷うのですが、とりあえず下の3分類に整理してみます。

1. アビガンがCOVID-19に効くという証拠はない
2. アビガンがCOVID-19に効きそうだと考える理由は薄弱
3. 仮にアビガンがCOVID-19に効いたとしても、状況を変えられそうにない


1. アビガンがCOVID-19に効くという証拠はない

ここに疑問はないですね?いいですよね?
だめですか。だめなんでしょうね。わかりましたよ。説明しますよ。

ないものはないので、ないことは証明できないので、説明も何もないのですが。

テレビでも新聞でも「期待されている」とかの言い方はあっても「効く」とは言ってないですよね。この「期待」というのは責任逃れのための言い回しで、「そういう主観的なことを言ってる人はいるみたいですけど、実際どうかは知りましぇん」という意味です。
同じように、効くと「考えられる」とか、効きそうな「作用を持つ」とか、ウイルスに「対する」とか、治す「ための」薬という表現は全部そうです。「考えたのは仮説にすぎません」「その作用があるから効くとは言ってません」「目的にかなうものだとは言ってません」という言い訳を用意してるんです。国語のテストです。

なんじゃそりゃ、と思いますか?

ぼくも思いますよ。でもそういうものなんです。ぼくもネットの記事書いてたころはよくやりました。勝手に空気読んで「わざわざ取り上げるってことは意味があるんですよね?」と脳内補完してるのは視聴者だけです。

「そんな言い方は健康番組でもなんでもよくある、言葉尻にこだわってるお前の妄想だ」と思いますか?

残念ながら、健康番組やなんかが全部同じだってことです。アビガンに始まったことではないのです。
ぼくもテレビのニュースとかワイドショーとかそんなにチェックしてないので、中には一線を越えて「効く」「効きそう」「効いた」と言っちゃってるものがあるかもしれませんが、それは見つかったらアウトなやつです。ガッテンのベルソムラ騒動とか、もう覚えてる人もいないでしょうけど。

詳しい人は「でも改善例もあるって…」と思うかもしれませんが、よく見てください。
たとえばこういうの。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200418/k10012394661000.html
ね?
そもそもCOVID-19は軽症なら勝手に治る病気です。重症で人工呼吸器が必要になっても、割合は諸説ありますが、みんな死ぬわけではありません。

いいですか。
だいたいの人は勝手に治るんです。

飲まなくても治る人にアビガン飲ませて、自力で治ってるのを見てるだけかもしれない。
対照がないとわからないんです。

で、その対照を取った試験が中国で行われました。これ。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2095809920300631
カレトラとアビガンを比較すると、

・アビガンのほうが早くウイルスがなくなった。
・アビガンのほうがCTで改善傾向になる人が多かった。
・アビガンのほうが副作用が少なかった。

…と書いてあるわけですが、これで「アビガンいいじゃん!」と思った人は上の文章を読み直してください。
そうですね。「治った」とは言ってないですね。
死亡数とか、人工呼吸器が必要になった割合とか、退院までの日数とか、そういうのが比較されてないですね。
その筋の用語で言うと、代理アウトカムだけ見て真のアウトカムを見てないですね。
真のアウトカムを見るにはそれなりに時間が必要だったり、結果をハッキングするために無理矢理退院させるとか無理矢理人工呼吸器つけるとかが可能だったりと、それはそれで難しい点があるのですが、この試験に関して、そういう諸条件をクリアして真のアウトカムを比較する設計にできなかったとは、ぼくは思いません。

こういう試験をぼくは「志が小さい」と呼んでます。大きい結果を出す気がないのです。そんな試験で「差があった」という結果がいくら出たって、現実は変わりません。

志と言えば、この試験についてはもうひとつ。
臨床試験って始める前にデータベースに登録するものなんですね。「こういう試験やるよ」と宣言してから実行するんです。なぜかというと、そういうルールにしておかないと「いい結果が出たら公表して、悪い結果が出たら隠す」というズル(出版バイアスと言います)ができてしまうからです。登録制度があっても出版バイアスは残るという議論もありますが、まあそれはマニアックなので置いておいて…
アビガン試験も登録されてます。
http://www.chictr.org.cn/showprojen.aspx?proj=49042
…が、思わず二度見しましたね。わけがわかりませんね。
登録では「30人にアビガン、30人にカレトラ、30人はどちらも使わない」という3グループで比較することになっている。対して、結果報告では「35人にアビガン、45人にカレトラ」という2グループで比較してます。
いいですか。
フェアプレーのために何をするか予告するのが登録制度でしたね。
予告を守ってないんです。予告とは別の試験をやってるんです。
「私はフェアプレーをしていません」と宣言してるようなものです。
こんなのがアリなら、実際には120人くらいで試して、都合のいい結果が出た人だけを報告に載せるという荒業(狭義のチェリーピッキングですが、ぼくがいままで読んだ試験報告では「やってるかも」と思ったことすらありません)だってできてしまいます。
やむにやまれぬ事情で計画を守れなかったならそう書いて結果に対する影響を考察するべきですが、それもありません。

要約すると、この試験は、「最初から大した結果を出す気がなく、目標を細かく設定したが、その目標に届く過程でさえズルをしている」という代物で、まあ普通に考えて、アビガンが効かないことの状況証拠と言うべきなんじゃないでしょうか。

もちろん、アビガンの臨床試験はこの1件だけではありません。中国で登録されてる試験は7件あるようです。
http://www.chictr.org.cn/searchprojen.aspx?title=favipiravir&officialname=&subjectid=&secondaryid=&applier=&studyleader=&ethicalcommitteesanction=&sponsor=&studyailment=&studyailmentcode=&studytype=0&studystage=0&studydesign=0&minstudyexecutetime=&maxstudyexecutetime=&recruitmentstatus=0&gender=0&agreetosign=&secsponsor=&regno=&regstatus=0&country=&province=&city=&institution=&institutionlevel=&measure=&intercode=&sourceofspends=&createyear=0&isuploadrf=&whetherpublic=&btngo=btn&verifycode=&page=1
8件表示されてますが、最後のはエボラの試験です。COVID-19の試験は7件。うち死亡についてのアウトカムを見ていない「志の小さい」試験を除くと4件。
「このうち1件でもいい結果が出れば…」というのが、よく使われる意味でのチェリーピッキングですね。試験ごとに結果がブレているなら、たまたまいい結果だったところだけを見るのはまずいですね。全部拾わないと登録制度の意味がないですね。

さらにもちろん、臨床試験をやってるのは中国だけじゃないですね。
アメリカが仕切ってるデータベースだと12件ヒットしました。
https://clinicaltrials.gov/ct2/results?cond=COVID-19&term=favipiravir&cntry=&state=&city=&dist=&Search=Search

日本でもやってるようです。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57607680T00C20A4000000/
が、これこそが「志の小さい」試験です。
>目標症例数は96例。ただし、「数十例を登録後に見直しを行い、必要に応じて症例数を増やす『アダプティブデザイン』とする」
とかキリッと言ってますけど、つまり「効いてそうなデータが出なかったら出るまで延長戦にする」と言ってるわけで、最初から予防線張りまくりです。

試験の結果はこれから続々出てくるでしょうから、全体としていくらかいい方向に出ていく可能性もありますが、それもまた「怪しみポイント」です。
ある試験が「効かない」という結果を出し、似たような試験が「よく効く」という結果を出し、その差が大きい場合、どっちを信じますか?
間を取りますか?
どっちかが嘘だったら?
はい、その筋の用語では非一貫性と言う状況です。良心的に「実は効果を大きく左右する未知の要因があって、その点を見逃してまとめたので一貫しなくなった」と考えるのが王道ということになってますが、「どれかが嘘だった」ということも当然ありえるわけです。いずれにせよ、仮に間を取るとしても、間を取った数字は「ちょっと怪しいものとして扱う」という慣習になってます。
つまり、1件でもダメな結果が出てしまったら、それを挽回するのはすごく難しいということです。


2. アビガンがCOVID-19に効きそうだと考える理由は薄弱

「緊急事態にエビデンスなんかのんびり待ってられるか」という考えかたがあります。
効くかもしれないと考える理由があるなら、証拠がなくても、試しに使ってみる。まあ、わかります。
ではアビガンは「効きそう」なのでしょうか。

ぼくにはそうは思えません。

まず、アビガンはインフルエンザの薬です。
インフルエンザの薬は麻疹には効きません。ポリオにも効きません。エイズにも効きません(アマンタジンはパーキンソン病に効くじゃないか、というのは関係ない話なので割愛)。
なぜコロナに効くと思うのでしょうか。
効くとして、ふつうのコロナウイルスに効いてないものが新型コロナウイルスに効くと、なぜ思うのでしょうか。

いや、試してないだけで実は効くのかもしれません。上に書いたのはあくまで「多数派意見では効くと思われていない」というくらいの意味ですから、実はエイズにも効くのかもしれない(すでに試験があるかは調べてません。あったら教えてください)。
エボラに効いたじゃないか、という声が聞こえてきます。たしかにそういう報告もあるのですが、
https://academic.oup.com/cid/article/63/10/1288/2457226
これ、試験として設計されてないデータをかき集めたものなのでどこで偏ってるかわからないのもさることながら、後ろまで読んでいくと「多くの患者について正確な死亡日がわからなかった(we were lacking the exact death date on many patients)」と書いてあったりして、正直なんともわかりません。

そもそもですが、アビガンは「インフルエンザを治す効果」も微妙です。
https://www.pmda.go.jp/drugs/2014/P201400047/480297000_22600AMX00533_A100_2.pdf
この審査報告書にアビガンvsタミフルの試験が2件載ってます。2件の結果はそれぞれ、

・熱が下がるまでの時間(中央値)が、アビガン高用量で40.2時間、タミフルで28.8時間
・インフルエンザの症状がなくなるまでの時間(中央値)が、アビガンで55.4時間、タミフルで47.8時間

なんかタミフルのほうが効いてそうですね。
この2件の結果と「タミフルvsプラセボだともっと差が開いたから」という理屈で「効果あり」という判定になってるわけですが、そもそもタミフルの効果は「症状がなくなるまでの時間を半日から一日縮める」という程度です。
https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD008965.pub4/abstract
タミフルより7時間ほど長く症状が続くとすると、得した時間は半日未満ということになりますが、病院までの往復と待ち時間に比べてどっちが長いかはわかりません。

「インフルエンザにもちょびっとしか効かないインフルエンザの薬を、COVID-19に使ったら効く」と思える理由、ぼくには思いつきません。
RNAポリメラーゼを阻害とか言ってますけど、その理屈でなんにでも効くんだったらなんにでも効くはずで、そのすべてをメーカーがこれまで見逃してるわけないと思うんですけどね。特に、ふつうの風邪の何割かを占める従来型コロナウイルスという超巨大市場を。


3. 仮にアビガンがCOVID-19に効いたとしても、状況を変えられそうにない

まあ、ここまでの話は状況証拠なので、実際はやってみないとわかりません。試験も走ってることですから、いい結果が出たら出たで、みんなが使えるようになったらなったで、いいことなのかもしれません。
しかし、「治療薬ができたらCOVID-19は一発解決」なんていう甘い話はありません。

インフルエンザには治療薬もワクチンもありますけど、日本だけで年間1000万人感染して1万人死んでますね。
結核、梅毒、破傷風、百日咳、なくなってませんね。
麻疹、風疹、おたふくかぜ、水ぼうそう、なくなりませんね。

まあ、何もないころに比べれば劇的に変わりました。結核とか麻疹くらいに少なくなればみんな安心できるかもしれません。
しかし、結核の薬はめちゃくちゃ効く薬です。麻疹のワクチンもめちゃくちゃ効くワクチンです。それほど劇的な発明がない場合、大して変わらないでしょう。
雑な話ですが、「めちゃくちゃ」じゃないとダメなんです。
いまニュースになってるのはどれもこれも「ちょびっと」の話です。志が小さいのです。
「ひとつひとつは微妙な薬をまとめて使ったらまあまあ効いた」という例もなくはないですが、それこそ最初から当てにするものではないでしょう。

そんなわけで、アビガンは効きません。百歩譲っても、「アビガンが出るまでのがまんだからロックダウンにみんな協力して乗り切ろう」という話は事実無根です。

先に忽那先生の記事を読んだ方にはだいたい繰り返しになったと思います。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200425-00174913/
この記事には「nが小さいから怪しい」という逆転した論理が現れたり(原則としてnは小さいほうがいい、例外的に注意するべきなのがsmall study effectだがそれを気にするならnとか言ってる場合ではない)、「エビデンスのピラミッド」という古代の遺物を持ち出していたり(研究デザインだけで研究者の手練手管を判別できると思ったら大間違い)と、細かいところは気になるのですが、だいたいは同意できます。

しかし、ひとつだけどうしても譲れないところがあります。

忽那先生は「報道」を問題にされています。たしかに報道にも問題はあると僕も思います。
しかし、この種の話題では頻繁に参照される2014年のBMJの論文をふまえると、片手落ちの議論だと思います。
The association between exaggeration in health related science news and academic press releases: retrospective observational study
https://www.bmj.com/content/349/bmj.g7015
ざっくり要約すると、「大学のプレスリリースに誇張表現が含まれている場合、一般向けニュースにも誇張が多く、プレスリリースに誇張がなければニュースにも誇張が少ない」ということです。
この観点からは、責められるべきはメディア各位ではなく、エンバーゴのルールを無視してケースレポートを恣意的にメディアに流すとか、
https://www.sankei.com/life/news/200403/lif2004030080-n1.html
倫理審査のルールがなぜあるかを無視して緊急事態だからと好き勝手をやろうとするといった、
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200422-00010018-nishinpc-soci
世間知らずの大学人のふるまいではないでしょうか。

「示しがつかない」ことをする人の責任が問われないで、いつも「偉い人の言うことを聞け」と言われる一方のメディアばかり責め立てるのでは、現実はよくならないと思います。

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