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木曽義仲の基礎知識HP

うっかり入金を忘れ…というか、入金するかどうか迷っていた末に、期限が切れ、HPが消失したようです。
1995年から開設していたので、まあまあ歴史があり、ここ10年ほど更新できずにいたものの愛着があり、そのまま入金だけして保全していたのですが、いつか区切りはつけなくてはいけないものと、ずっとやももやしていました。
いい機会だと思うことにします。



少し思い出話をします。



私の父は一言で言うとパソコンマニアで、MSXが家にふつうにありました。その後、NECの98を購入。私が触りだしたのはそこからでした。
当時は真っ黒い画面に白い文字がツツツツーと表示され、数式のようなものを打ち込むと何かできるという代物。ワープロとしても相当使いました。
基本私は文系なので、しくみはよくわかっていなかったのですが、教員時代は成績をつけたりする時にいろんな項目を数値化してとても便利でした。
Windows3・1から自分用のパソコンを購入し、そのころからHPづくりに手を出しました。
木曽義仲を広く世間に知ってもらうには、HPがいい!と思っていたからです。
一つ一つコマンドを打ち込んで、コツコツと。大変でしたが知らないことにチャレンジする楽しさがありました。

20代の頃は国立国会図書館にテーマを決めて調べに行って、同人誌にまとめていました。そのデータをHPに流用していました。最初の出所が印刷されていないと何かあった時著作権的に主張できないと考えていたからです。
平気で人のHPをコピペして自分で調べたかのように載せてしまう輩に何人も遭遇しました。ビックリしますけど…HPを作った「人」がいるということが想像できないのでしょうね。

そのころはNiftyも面白かったです。
大塩平八郎にすごい情熱を燃やしている淑女がいらっしゃいました。お元気かしら…

長野五輪が行われたころは、まだyahoo!が項目別検索の時代で「長野県関連」ということでリストに入れていただいたのを嬉しく覚えています。今では長野でオリンピックがあったって言っても「そんな~だまされないよ~」って言われそうなぐらい忘れ去られている感じですね…



その後、掲示板の時代があり、個人HPからブログに時代は代わり、さらにSNSへとWEBの歴史も移り変わり、人に情報が届きやすい場所は今も変化し続けている印象です。ずっと模索し続けています。

現在も何か情報をアップする時は、複数のSNSに露出方法や宣伝範囲を考えて出して、比べているのですが、ツイッタ―がXになってから拡散力があからさまに落ちてしまった印象です。
今だと何がよいのでしょうか。年に数回講演を行っていて、「あなたの話は面白いからYouTubeもやってみたら!」と薦められたりするのですが…

なんにしても
興味をもって検索した内容に沿ってニュースも広告も表示される時代。検索語句に入れてもらわない限りは、表示されるきっかけすらないと感じています。


私の息子は20代で数万単位でフォロワーがいるイラストレーターなのですが、イラストや漫画をめぐるWEB環境は千差万別でうちのめされます。同じようにパソコンに向かっているのに世界が違いすぎます。
高校生だった息子にお願いして木曽義仲をめぐる4人の女を描いてもらいイラスト集を作った時、息子の描いた巴をポスターにしたら私のスペースなのにそれまでと全く人通りが違ったのを覚えています。
絵の持つ力ってとても大きくて、ジャンルも超えて人の足を止めるんだと衝撃でした。
巴御前ですから当然ながら、肌色成分は顔しかないし、スタイルが全く分からない大鎧なのにです。

その体験から、何とか人の足を止める絵やポスターを作れないかと試行錯誤を繰り返していますが、私自身、研究だったり、漫画だったり、ターゲットを絞り切れていないせいか、うまくアピールできていません。


アアアアァァァァ~人の足を止める絵を描ける、こころを動かせる漫画を描ける能力が欲しかったぁぁぁ…(ノД`)・゜・。


とはいえ

最初から、絵一本、漫画一本、貫く道!ではなく
研究と漫画の二本柱でやっていたわけで…

人生も終わりが見えてきていますが、最後まで二本柱で行くと思います…(笑)

これまで調べてきたこともきちんと形にしないと、何も残らないので、そのあたりは手順をきちんと踏んで、後世のお役に立てるようにします。
漫画は…自己満足レベルかもしれないですが、自分のために、何とか書きたいと思います。

HPは消えちゃいましたが、木曽義仲の基礎知識、西川は強く生きてます←!?
noteとXを見ていていただくと、何をやっているか把握できるように発言していきますので、よろしくお願いいたします。


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