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駅前のあんみつ

先日ある地方の町で乗り換えの時間つぶしに駅前喫茶に入った。昭和な感じ、といってもわざとそういう風に作ったわけでなく、普通に昭和にオープンして今もそのまま普通に営業しているだけのエエ店である。ドアを開けると、カウンターに並んだ5-6人の年配のお客さんたちが会話をやめ一斉にこちらを見た。「しらん顔やな」「なんで入ってきたんやろ」という常連さんの集うお店によくあるアウェイ感と最近のコロナ状況を鑑みてに思わず「(よそ者が来てしまって)すみません」と言いながらママの指差す窓際の席に進む。メニューを開くと「あんみつ」があった。おおっ、これに決定。

あんみつを待ちながら地図を広げたり携帯をいじる・・ふりをする。別に騙す意図ではなく私がみなさんの話を聞いていると思われると折角の集いに水を差すという一応の配慮もあるが・・・実際はしっかり会話に耳をすませている。
しばらくみなさんは近所の噂話をされていた。一番年長の女性は80代後半らしいが頭の回転がよいしっかりした人で会話を仕切るボス的な存在のようだった。そこへ70歳くらいの男性が入ってきた。するとカウンターの端にいた男性が「ああ、xxさん、こっちこっち」とボックス席に移動して、例のボス風の女性を呼び、xxさんに紹介した。
む、何が始まるのか?
そこへあんみつが来た。あんみつを食べつつ耳をすます。

xx氏とボスは世間話をスタートした。紹介をした男性はその後ずっと横でうなづき続けただけで結局最後まで何も話さなかった。
世間話が一段落すると、xx氏は本題を切り出した。
自分は去年まで酷い膝痛で苦しんでいたがある低周波治療器の会に参加してからとても良くなった、つきましてはぜひボスもそこへお誘いしたい。
どうやら紹介した無口男性が、ボスがあちこち身体を痛めていることをxx氏に伝えているようだった。そしてノルマなのか見返りがあるのか、はたまた純粋な善意かわからないがxx氏はその会にボスを勧誘しているのだった。

今まで何度も街のスタバ的な店で隣席のそのような勧誘会話を聞くともなしに聞いたことはある。マルチや保険や教材の営業で、誘う方も誘われる方もだいたい30前後、ギラギラした野望とふわふわした危うさを持つ人たちの話は聞いていると胃がもたれた。しかしこののどかな田舎の喫茶店で高齢の彼らがどんな展開をみせてくれるのか、俄然興味がわく。

二人の攻防が始まった。
年長者のボスは海千山千いまさらそんな怪しい勧誘に乗るタマではない。xx氏は長老よりひと回り以上若いとのことなのでボスにリスペクト感を漂わせつつ親しんでいく作戦のようだった。
しかし聞いているとその会話ははてしなく平行線をたどっていった。
やがてわたしはあることに気づいた。
二人の会話はどちらもほぼ「やっぱり」で始まっている。相手の話を最後まで聞いてから「やっぱり、・・」と切り出すこともあれば途中で遮る時も「やっぱり」で割って入る。「やっぱり」で始めるとそのあとが相手にとって否定的なことであっても絶妙のクッションになり、また微妙に噛み合わないところもなんとなく自然に流れているのだった。


xx「(僕の膝も)やっぱり鍼が良いと言われて通ったけど全然だめで・・」
ボス「やっぱり鍼なんか気休め」
xx「やっぱりそうですね、でもこの低周波の会に行き始めてずっと楽になって・・」
ボス「やっぱり自分の体に合う、合わないがあるからね」
xx「やっぱり全然違ってました。低周波行ってから階段上り下りもできるようになったし。ボスもぜひ一度・・」
ボス「やっぱり階段は危ないね〜階段は気をつけるようにリハビリの先生も・・・」
xx「やっぱりリハビリも行かれているんです?」
ボス「やっぱり行かないと!ワタシ股関節も手術してるし・・」
xx「やっぱり手術もされたんですか〜、そんな人もみるみる良くなられていますよ・・」
ボス「やっぱり90近いと何してもだめだね〜」
xx「やっぱり少しでも元気でいられるようにね、僕は低周波の会もそのために行っています」

・・・・・
実際は少し順序が違うかもしれないが、だいたいこのような調子でボスはxx氏を手玉にとり続けた(ように見えた)。
しかし結末は突然訪れた。ボスが帰る時間になったのだ。
ボス「リハビリ行くからもう帰るわ。とりあえず、携帯番号交換しとこか」
ええええ〜〜?!意外なフィナーレにわたしは驚いた。

二人は仲良く番号を教えあった。(余談:その操作がスムーズにできるだけでも偉いと思う。)
これは脈ありと嬉々としてボスを見送るxx氏。とてもわかりやすい人だ。しかしボスは去り際に
「やっぱり、リハビリの先生にきいてからでないと勝手な治療はできん」と呟き、さりげなくxx氏の期待感をかわすのであった。

そろそろわたしも自分の電車の時間が近づいていたのでボスが退場してすぐ席を立った。
店を出てから気づいた。
この店は結構急な階段を上がった2階にあったのだった。
しかし階段にも道にもボスの姿はもうなかった。
足めちゃ早いやん。やっぱりボスは低周波に行かなくても大丈夫だと思った。


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