福祉は無償ボランティア?
東京オリンピックの有償ボランティアの時給が1,600円と話題になってますが、今回は対価についてのお話です。
先日、有楽町micro FOOD&IDEA MARKETでUNROOF主催のトークセッションに出演させていただきました。
テーマは「誰もが自分の可能性を信じられる社会を創る」
会場から「お金を貰えなくてもやり遂げたいことはありますか?」と
ご質問をいただき、改めて自分の考えが整理できました。
大切なことだと思うので改めて以下まとめてみます。
ご質問ありがとうございました。
以前は、障がい者の支援者は、「障がい者のため自分や家族を犠牲にしてでも尽くすことがよい」「家族のようになって一人前」という時代もあったようです。おそらくその時はお金は二の次だったのでしょう。
また、オリンピックの無償ボランティアのように、他人のため、社会のための活動は、ボランティアで無償であるべき、みたいな風潮も、いまだにあるように思います。福祉も近しい風潮がありそう。
改めて考えたのは、
「継続する条件は等価交換」
なので、自分の答えは「適正な金額・価値をいただかないとやりません」
ここでいう価値は、
お金だけでなく、感謝されること、幸福感、優越感、気持ちいいこと、新たな人脈などの総量です。
また、人それぞれ、価値基準は異なります。
これは、福祉業界に限らず、社会全般に言えると思ってます。
”適正な”というのは、双方が「ちょっと得したな」と思われるものかな。
もちろん、福祉サービスの多くは税金で賄われますが、それも含めて、支援者の受取価値です。
ここで気になるのは、福祉サービスの提供価値は何なのか?
という議論がないかも、ということ。
例えば、高齢者の介護サービスは、入浴、食事、排泄が基本だそうですが、入浴時には、裸にした老人たちを男女関係なく並べて、ベルトコンベアーのように入浴させているところがあるようです。
これって、入浴はさせてくれるものの、待ってる間寒いし、何より人間の尊厳を傷つられ、老人たちは相当気分悪いと思うので、提供される価値の総量はマイナスじゃないですか?
一方、高齢者と対話するなど、入浴+幸福度upを提供されている施設もあると思います。
今回のオリンピックボランティアの件を良い機会として、福祉サービスの提供価値というのを、制度設計する行政も含めて考えてもらえると嬉しいな。
自分もその対話に加わりたいな、と思います。
最後に
福祉寄りのイベントが今回のようなオサレな場所で開催されるのは、いいですね。
何より、司会の岩城さんはじめ、川島 勇我さん、みお しんさん、ご参加いただいた皆様との会話が楽しかったです。
3K職場のイメージが強い福祉業界には、楽しい福祉という風土づくりも、大事だと思います。
自分を含め皆様の次の行動につながることが楽しみです!
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