九州の振り子式特急に想うこと

列車を速く走らせる手段というのは、いろいろある。

まず、線路の形を良くする、というのは非常に金がかかるが極めて有用な手段だ。有名どころだと北陸本線の北陸トンネルなどがそれにあたる。日本海沿岸の険しい路線だった福井県の敦賀~今庄間を13キロに及ぶトンネルで一気にショートカットしたものだ。

また、線路の幅を広げることも工学的には効果がある。現代の技術を持ってすると、時速160キロ程度までであればそこまで有意差はないという話もあるそうだが、少なくとも、新幹線程度の速さになると、レールの幅も1435mm程度は必要とされるのだ。

一方で、いくら立派な線路があっても、上を走る列車が車歴ウン十年のオンボロ車両では豚に真珠というものだ。もちろん、列車の方も、新幹線に代表されるような空気抵抗を抑えた車両構造や、高速走行に適したモータやエンジンの採用、そして高速走行に耐えうる台車、足回り、といったところで、本稿のテーマである振り子式列車の話になる。

振り子式列車、というのは、列車の台車に特殊な細工を施し、カーブにさしかかったら勝手に列車が傾く、という列車である。これだけ書くと安定感がなく乗り心地の悪い列車のようだが、当然メリットがあるのでこのような構造になっている。列車が自ら傾くことでカーブの外向きに発生する遠心力を打ち消し、スピードアップが可能になるのだ。古くは中央西線の電化時に「電化したけど線形が悪すぎてほとんど時間短縮が見込めない」という致命的な問題を解決するため、国鉄時代に381系という電車が開発されたのが走りで、以来、全国でさまざまな形式のさまざまな振り子式列車が活躍している。

我が国の振り子式列車は、「カーブで傾く」という特性から、基本的にみんな基本的には座わっている特急型の車両に限られる。また、何故か西日本に広く運用地域が存在する一方で、東日本ではJR北海道くらいでしかお目にかかれない。考えてみると、東日本の割と広い範囲を占める東北地方は津々浦々まで新幹線が整備されているし、今だ特急が活躍する幹線も立派たる路線がほとんど。そして関東は真っ平らそのものであるから、カーブが連続するような路線が中部地方くらいにしかない、というのは一因であろう。

一方、西日本は新幹線といえば山陽・九州新幹線程度のもので、立派な特急街道も北陸本線くらいのものであるから、需要は高い。新大阪以外の山陽新幹線の駅から乗り換えられる在来線特急で、振り子式列車を採用していないのは、「かいおう」くらいのものではないだろうか。個人的な邪推だが、この振り子式天国になった起因は、首都圏から遠く、線形改良が進んでいない、もとい、予算が付けられなかったが故に、車両側でなんとかカバーする羽目になった、というのがオチな気がする。北陸本線や東北本線のようなあまりにも立派な大幹線、というのは西日本だとせいぜい山陽本線と熊本までの鹿児島本線くらいではないろうか。(そして、証明するように、新幹線が出来る前の鹿児島本線の「有明」「つばめ」は振り子式特急ではなかった)

そんなこんなで、西日本で列車の旅を楽しむ、ということになると、大抵の場合振り子式列車にお世話になることになる。私は親の郷里が高知なので、世界初のディーゼル振り子式特急である2000系気動車には随分と乗った。架線も張っていない、土讃線のカーブの上にスーっと身をもたげて走る心地はまさにジェットコースタに勝るとも劣らないもので、しかもジェットコースタのようなやかましい安全バーや、恐怖心を煽るような仕掛けはない。緑立つ四国山地を抜ける車窓にあるのはただ胸の空く爽快さだけといってもいいだろう。ただし、自由席の立客になってしまうと揺れでタランテラの如くデッキで踊ることになるのだが、幸いにも私はそういう羽目に遭ったことはない。私の知る限り、2000系気動車と、その後継である2700系気動車に関しては、振り子式列車の中でも高い乗り心地を誇っていると思う。

もちろん乗り心地がいい振り子式列車もあれば、悪い振り子式列車もある。特に、どうかと思うのが九州特急の諸氏である。

九州にはディーゼルの振り子式特急はなく、メカメカしいフェイスが特徴の883系電車と、どことなくヨーロピアンなスタイルを誇る白い電車885系の2組が活躍している。

前に断っておくと、彼らはカーブの連続する区間では高い性能を発揮する。また、両列車とも当時の特急列車としては卓逸した内装を誇り、特に充実した公共スペースはその設計思想も含めて21世紀の特急型車両を定義したと言っても過言ではなかろう。前述の2000系気動車はメカニックとしてはすばらしいのだが、普通車の座席などは国鉄時代と大差なく、グリーン車に至ってはフローリング張りの車両まで居る、という185系気動車と大差ない接客設備であったから、接客設備の差は歴然、としか言い様がない。

では何が不満なのか。

単純な話である。直線区間でふらつくのだ。

さきほど、「立派な大幹線」に鹿児島本線を挙げたが、この両形式はその鹿児島本線を走る。また、日豊本線や長崎本線は土讃線などに比べると、まだ線形がマシであって、直線区間も多い。特に、長崎本線の鳥栖から肥前山口はかなり恵まれており、佐賀平野を真っ直ぐに走る区間が続く。要するに、前述の2000系気動車に比べると、直線区間を走る機会が多いのだ。

しかも、これらの形式が投入されている「ソニック」「かもめ」といった列車は速力も満点、最高時速は時速130kmに達する。振り子式列車の特性上、カーブで揺れるのは理解できるのだが、分岐器の上を通れば揺れ、ちょっとしたカントで揺れ、を時速120km近くでやられると、トイレに行くだけでワルツどころではない踊りを披露する羽目になって、いけない。JR西日本の223系新快速電車にも思うのだが、時速130kmの速さをもって狭軌の線路の上を安定して走るという行為が、割と難しいのだなということを身を持って体験させられる。

また、輪にかけて最悪なことに、885系も883系もグリーン車は革地のシートが採用されており、台車直上にグリーン客室がある。レザーシートといっても自動車のレザーシートに比べると格段に収まりが悪く、お行儀よく座っていないと、振り子の揺れも相俟って最悪滑って床へ放り出されるのではないかという心配になるくらいである。885系の場合、自由席は普通の布地のシートであるのだが、10月に行きにグリーン車、帰りに自由席で長崎に向ったところ、同乗した後輩殿から「自由席の方が枕にもホールド感があり、寝やすいのではないか」という意見が出てしまったくらいで、現に自由席では爆睡を決めこんでいた。デザイン性は極めて高いグリーン車であるがだけに、残念だ。

(なお、その時の乗車の様子は、NORI_LOGの方でも紹介している)


個人的にはそういう区間では振り子を切ってしまえばいいのに、と思わないこともない。そもそも、381系以外の振り子式列車は振り子の振れ具合はコンピュータで制御しており、教習所の車庫入れの検定コースよろしく、決ったところで決ったように角度を付ける仕組みにしているから、平坦直線であれば切っているような気はするのだ。現に、先ほどの2000系気動車などは、線形のいい瀬戸大橋線内はJR西日本管内であるのもあって、振り子の電源を切って走っている。ひょっとすると九州でも直線区間は切って走っていて、私が「振り子式だから」と言っている起因とは他のところにあるのかもしれない。

また、この揺れは九州だから、という気もする。というのは、振り子式列車は走っていないが、日豊本線の宮崎地区などは相当に揺れることで有名だし、なんらかの地質的起因によって九州の多くの地域では路盤があまりよろしくないのかもしれない。また、保線技術的な問題もあるようにも思える。例えが道の話になるが、山陽道と松山道では明らかに路面の滑らかさが異なる様(後者の方が圧倒的にロードノイズがひどい)に、法律的な要件を満している中でも、いい状態と悪い状態があるようにも思えてくる。

以上の議論はあくまで私の推論であってなんら工学的な根拠があって述べているわけではないのだが、何にせよ九州島内の両氏に対してはいくら早くてもあの揺れはなんとかしてほしいな、というのが正直な本音である。
逆に言うと、JR九州は885系以外定期電車特急向けの車両を作っていないから、今後登場する列車で現代の技術とJR九州の公共デザインに対する意識の高さをもってすれば、新たなる在来線電車特急のスタンダードを築くことも可能ではないのかな、なんて思ってしまうところもある。ただ、あるとすれば883系「ソニック」の置き換えだろうから、まだ10年くらい時を待つことにはなりそうだが。

こう考えてみると、列車の高速化というものには、どうしても乗り心地の良さというのは犠牲になる側面があるという事を再認識させられる。ふだん乗る新幹線は時速260キロでも割と安定感があるが、あれが如何に高い技術と維持管理努力によって実現されているのか、883系と885系で思い知らされたような気がする。

2020年12月4日 北白川このえ



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