多重タブ人間
一つのことをじっくり時間をかけてやる、という事が出来ない。
しなきゃいけないんだけど、注意散漫なのではなく、多重に注意が向く。所謂ADHD的な症状なのかもしれないけど、少なからずそういう人はいると思うのであまり深く気にしたことはない。
これを強く意識するのはサムネのようにウェブブラウザのタブが数十並んだ時。
もはや目を凝らしてみないと、目的のタブに戻れない。
「開いている」という記憶はあるので、時系列で思い起こして、もうちょっと左側かな・・・あ、あった。そんな感じでタブを探す羽目になることが多い。
記憶が曖昧だったりすると、もう新しく開いた方が早いだろうと思って新規タブをまた開いたりするからたちが悪い。余計にタブが増えていく。
もっとこまめに閉じないとメモリを消費してPCに悪影響だろうという声が聞こえそうだけど、残念ながら自分の脳のメモリ領域を枯渇させるよりよっぽどPCのメモリを消費したほうがいい気がしている。
人間が記憶にとどめなくてもよいような情報を機会に処理させるのがいいとはよく言ったもので、一時的に外部記憶域としてウェブブラウザのタブに記憶を肩代わりしてもらっているような感覚だ。
なので、忘れてしまってもよくて、「あれ、このタブなんで開いたんだっけ。ああ、あの作業の途中だったか」なんて、記憶を取り戻して作業を再開することもしばしばある。
ウェブブラウザだけならまだしも、Excelとかもそういった現象を起こす。こっちは本当にPCの消費メモリ容量が大きいので弊害が多くあった。
プロジェクト業務でリーダーを務めている時は、並行で各種問題が襲ってくるし、管理業務もあるので、複数のウィンドウを常時開きつつ、ちょっとずつ様々な仕事を進めていくような方式だった。
きづけばExcelのウィンドウは10以上開いて、タスクウィンドウのExcelアイコンを開こうものなら、党のようにファイル名の一覧が上部までそびえたつほどだ。それでも足りずに自動省略されたファイル名を上下にスクロールしないと目的のウィンドウを見つけられないこともたびたびあった。
そんな仕事の仕方をしていたからか、2019年に買って新品のまま使い続けたPCはよくフリーズして強制リブートしては、最終的にはWindowsキーを押してもスタートメニューが開かなくなるという障害が発生し、OS再インストールを余儀なくされたほどだ。
PCさんの拒否反応だったような気さえする。
以来、オフィス製品のウィンドウはこまめに保存して(諦めて)閉じるようにしていたのだが、最近はブラウザ上で操作することが多くて、それにかまけて甘えてしまっている。
Google Keepで日々のメモを取りつつ、Google Slideで資料を作って、Google Docsで文章を書く。
noteに下書きをしつつ、Twitterを眺め、Facebookでオンラインサロンの記事を読み、Facebook Messangerでブラウザ上でコミュニケーションを取る。
slackで思いつくままに考えをメンバーに語りまくり、開発環境がエラーを出しては調査のためにタブが7個くらい追加で開かれる。
iCloudメールとGmailを定期的にチェックして、YouTubeで作業用BGMを流しつつ、作業が進んだところでQiitaに技術情報をマークダウンで書き殴る。
多重タブ人間の出来上がりである。
Windowsアプリが出ているものもあるんだけれど、それを使ってしまうとまた消費メモリの問題に陥るので、アプリ的なものは最小限の利用にとどめている。PC買い換えたらどうせインストールからやり直しだし、どこに行っても作業できるようにブラウザだけで完結できないものかなと思いながらPCに向っている。
端的に言えば、一度開いたタブを閉じることが少し怖い。多重に沢山のことを学ばなくて位はいけないし、多重に沢山の作業をこなさなくちゃいけないので、1バイトでも多くの記憶域が必要なんだけど、そのタブを閉じてしまっては、折角割り当てたメモリアドレスを解放してしまって、二度と忘却の海からサルベージできないのではないかという恐れがある。
ましてや18時以降は子供たちが代わる代わるぼくに何らかの作品を疲労してくるので、集中も途切れ途切れで進めなくてはいけない。
思い出すのも一苦労なので、ならば画面に表示してくれていたほうがいい。
タブの量が多ければ多いほど安心するくらいだ。ああ、Chromeがちゃんと覚えてくれているから大丈夫だ。こいつが僕の作業を管理してくれているんだ!
全く優秀なマネージャである。
と、ここまで書きなぐったnoteのタブはさすがに投稿ボタンを押したら閉じようと思う。
疲れた時、皆さんが押してくれるスキボタンの通知を眺めるのが無性に好きだから、そのときにはまたタブが一つ増えることになるんだけれど。
創作意欲の支えになります!