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人とのふれあいがモチベーションを高める。

ミゲルとは、ジュニアサッカー専門雑誌でともに仕事をした仲だ。

約2年間、年4回発行される季刊誌で、私は彼の連載担当を務めた。ようするに、代筆役。ミゲルは"フットサル日本代表監督"の枠を飛び越えて、日本サッカーのために様々な質問、要望に答えてくれた。

印象に残っているのは笑顔だ。

取材で顔を合わせると、ニコッと笑って挨拶をしてくる。「よろしくお願いします」と、片言の日本語を添えて。場が和む。計算もあるし、人間性もある。彼との仕事は難しいものが多かったが、私はその笑顔に救われた。

ミゲルとの出会いが、ジュニアサッカーを伝えるライターとして幅を広げてくれたのは間違いない。フットサルとサッカーをひっくるめた"フットボール"に対する理論。また、コーチとして選手を指導する上で必要な教育学、人間学、社会学、心理学などの多様な知識。彼の言葉には、自らの指導経験だけにとどまらない学術的な裏づけがあった。

サッカーを伝えるとき、多くの人はサッカーの知識を物差しにする。

試合や練習で起こった事象を論理的に語るほど「すごい」と納得する。私も、そのこと自体には同意する。しかし、ジュニアと枕詞がついたら話は別だ。物差しを一つ増やす必要がある。ジュニアは小学生と中学生を指し、大人への階段を上がるのに重要な成長期にあたる。

その時期に大切なことは、プレーで表現される結果だけではない。

選手は未完成の成長段階にいるから、過程に目を向けることが大事だ。だからとプレーの過程をたどるだけだと、事実ベースの話に陥る。つまり、コーチと選手との関係だと、結果をもとにしたコミュニケーションになる。ミゲルは、そういうプレー結果をたどる話の仕方をしたことがなかった。

具体的には、「ミスをしたときに、その選手がどんな心理状態で、何を考えたのか。背景に何があったのか」を議論の対象にした。彼がそう言ったわけではないが、私との取材ではそれが互いに暗黙の理解として成り立っていた。むしろ書き手としては、ミゲルのそういう考えや心理状態を読み取って話を進められなければ、代筆役は務まらないとも思う。

少し話が脱線したが、彼は日本の子どもに対して「心の成長がプレーを成長させる」とうったえ、コーチにその理解を求め続けた。

この2017年11月から始まったWEB連載は、取材当初「書籍にするために話を聞いた」内容だった。しかし、出版社の都合で書籍化が暗礁に乗りあげ、お蔵入り寸前だった。私はミゲルの代筆役だったし、何より彼の言葉がジュニアのコーチにプラスに働くと思ったので知恵をしぼり、WEB書籍としてこの企画を考案し、編集部を説得した。

日本ではサッカーとフットサルを別物だと考えている人が多い。だから、ミゲルの言葉を伝えても、芯からは捉えられていない。正直、期待するほど情報は拡散されていない。理解もされていない。ずっと「小さい頃のフットサルはサッカーに役立つのに、なぜ記事を読まないのか」が不思議だった。それで秋に、サッカーとフットサルをつなぐキーワードとして"再現性"をテーマに、サッカーコーチ向けにわかりやすくコラムを書いた。すると、かなり拡散された。

みんな「サッカーとフットサルをどうつないだらいいのかがわからない」のだと感じた。そう理解すると、ジュニアサッカーで大切なのは"ジュニア"と"サッカー"をつなぐことだ。私はミゲルと出会ってジュニアサッカーの伝え方を少し変えた。それは読者に「人が人を指導する」ことを意識させることだ。

選手が何歳なのか。
どんな考え方をするのか。
どんな見方をするのか。
人とどう接するか。
どんな言葉を話すか… etc.

コーチが目の前の選手の背景を考慮し、どうプレーを指導するか。指導とは、これを前提に「人と人とのふれあい」の中で進んでいくものだ。プロだったら、将棋やチェスのように選手をコマに見立てて話をしても構わない。

でも、ジュニアの選手を一つのコマのように育てていくのはどうだろう? 

春、久しぶりにミゲルと再会した。おそらく2、3年ぶり。サカイクの取材でミゲルと池上正さんのトークイベントにお邪魔した。二部構成で、前半はミゲルが選手をトレーニングし、後半はそれをもとに池上さんがミゲルと話をする内容だった。

相変わらずミゲルの練習には子どもの心を引き込む魔力があり、プレーのテンションが高かった。彼は、本当に"人とのふれあい"が相手に何かを生むことを知っている。笑いながらプレーしている選手を見て、温かい気持ちになった。

終了後、隣の屋内部屋に移り、プレス専用席に座った。話しかけようかとも思ったが、彼のところにはたくさんの人が列をなしていたので終わってからでもいいかと、スマホで連絡事項を確認していた。トークイベントが始まる10分くらい前になって落ち着くと、いきなりミゲルと目が合った。

その瞬間、彼は立ち上がって私を呼び寄せた。

通訳の方に「訳してくれ」と身振り手振りで突然の近況報告が始まった。私にとっては出会った頃の彼のままだった。感情を素直に出せるところが、ミゲルの魅力であり、コーチとして結果を残してきた大きな要素だ。

長年、出版業界で仕事をしていると、芸能人やスポーツ選手などいろんな著名人に会う機会があるが、記念写真を撮ったことは一度もない。でも、唯一ミゲルだけは仕事を超えた友人のような気持ちが湧いてくる。彼だけが、私にとっては記念写真を撮ることが許された人物だ。

「また、一緒に仕事がしたい」

こう言ってくれたことに感謝している。これからもジュニアサッカーを伝えることに向き合っていきたい。

木之下潤

【プロフィール】
文筆家&編集者/「年代別トレーニングの教科書」「グアルディオラ総論」など制作多数/子どもをテーマに「スポーツ×教育×発育発達」について取材・研究し、2020年1月からnoteで「#僕の仮説」を発表中!/2019年より女子U-18クラブユースのカップ戦「XF CUP」( @CupXf )の公式メディアディレクターを務める/趣味はお笑いを見ること

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2018年4月〜2020年3月まで「特集担当」として企画から執筆までを行う。

「僕の仮説を公開します」は2020年1月より有料になります。もし有益だと感じていただけたらサポートいただけますと幸いです。取材活動費をはじめ、企画実施費など大切に使わせていただきます。本当にありがとうございます。