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女性アスリートも当たり前にプレーできる多様な環境づくりを、みんなで考えたい。

数年前、妻が体調を崩した。

当時は「会社を辞めようか」と迷っていたが、彼女は学生の頃から憧れた業界に入ることができて、ここまで働き続けてきたのを僕は知っていた。だから、「まず3ヶ月くらい休ませてもらうようにお願いしたら?」と言葉をかけた。

社会はまだ女性が働きにくい仕組みになっている。そして、日本は他の先進国と比べても、確実に遅れている。きっと多くの人たちがそう感じているのではないだろうか。女性の社会進出が未発達な分、たとえば男性の育休が取得し難い雰囲気が蔓延したりと、さまざまな課題を抱える。

そういった社会問題は当然スポーツ界にも飛び火する。

というより、スポーツ界は社会の一部なので当たり前の話である。しかし、こういう内容があまり通用しないのは、やはり日本の中で「スポーツが社会の一部である」という意識が低いからだ。

「結婚したら競技は辞めたほうがいい」
「妊娠したら引退して子ども中心の生活になる」

当然のように口にされるが、女性アスリート本人の意志はどうなのか? これが一番大事に優先される必要がある。が、実情は違う。それは社会そのものが「結婚→妊娠→出産→子育て」を女性がするものだと仕組み化され、未だにその部分に手をつけることなくやり過ごしてしまっている。

その影響が「女性アスリートの選手人生を大きく左右している」ことは間違いない。

■産後復帰した女性アスリートを取材して感じたこと

数年前からハンドボール関係者と交流を深めている。主戦場がサッカーである僕にとって、正直マイナースポーツであるハンドボールに触れるのは新鮮だった。特に僕が関わるハンドボール関係者は貪欲な人が多い。

素直な気持ちで周囲の意見に耳を傾け、「一人じゃ無理だ」と思えば遠慮なく周囲に相談をする。そういう人たちばかり。もちろん部分的な付き合いだから実際はそうではないかもしれないが、少なくとも意見交換をするのに上下関係のようなものは存在しない。

これは徐々に格差ができつつあるサッカー界にはない、ハンドボール界の良さだと思う。

僕がハンドボールを学ぶとき、いろいろ教えてくれる人たちが何人かいる。元女子ハンドボール日本代表コーチで、今シーズンから三重バイオレットアイリスの監督に再任した"櫛田亮介"さんもその一人。

彼との交流で、昨シーズン産後復帰を果たした"高木エレナ"選手のことを知った。

なでしこリーグでも過去"産後復帰"を果たした選手は、宮本ともみさんくらいしか思い浮かばない。最近でも、パッと名前が出てくるのは陸上の寺田明日香選手くらい。数えるくらいしか事例がない産後復帰という現実は、もっと社会全体で共有されるべき実態ではないだろうか。

そこで、僕は「この産後復帰の道のりを議事録のような形にして残すべき」と思い、取材することを決意した。

あえて口にするが、スポーツ媒体での女性アスリート記事はアクセス数、販売部数ともに伸び悩むため、ネタとして扱わない媒体が多い。ライター側も自分がそこを主戦場としていない限りは触れることもない。

しかし、そんなネタだからこそ時に戦う必要がある。

親交のある編集者の中林良輔さんに相談すると、僕と一緒に当事者の一員として自分が関わる媒体の企画会議に通してくれた。それで実現したのが高木選手のインタビューだった。

【リアルスポーツ「産後復帰」特集】
▼女子ハンドボール・高木エレナ選手
前編/「出産が選手としてプラスになっている」ママアスリート・高木エレナが産後復帰できた理由
後編/「出産したら競技は無理。そんな声に負けない」苦しみ乗り越えたママ選手・高木エレナの挑戦

佐久間トレーナー03

さらに彼女に取材しながら、僕の中ではこんな思いが芽生えた。

「産後からトレーニングを再開し、試合に復帰するまで、さらにシーズンを終えるまで間近で支えたトレーナーの意見ともすり合わせないと、高木選手だけの言葉を伝えても説得力がない」

つまり、彼女の話から「子育てしながらトレーニングに取り組む大変さ」を聞くことができても、「なぜそういう練習メニューを行ったのか?」などの専門的部分は当然だが、高木選手も深い意図はわかっていない。

この取材は女性アスリートと身近で支えるトレーナーの両方の意見を聞き、はじめて全部が理論的につながり、かつ感情的な背景が見えてきて読者の心に響く。女性アスリートも当事者として思いがある一方で、支える側にもいろいろな思いがある。

【リアルスポーツ「産後復帰」特集】
▼チームトレーナー・佐久間雅久氏
前編/「産後復帰は計画通りにはいかない」ママ選手に焦らず寄り添った専門家が至った選択とは?
後編/ママ選手が復帰後、過去最高の数値? 産後復帰トレで専門家が再認識した「休息」の重要性

僕がこの取材を通して学んだのは、スポーツがさまざまな人たちに支えられていること。人とのつながりがあって、スポーツ活動は成り立っている。決して一人では活動できない。これは社会構造と同じ図式である。

女性アスリートの活動環境を変えたい。

そう思って行動を起こせば、女性の社会進出も同じようなに進まなければ実現することはできない。一方だけが革新的に変わったとしても、同じ速度でもう一方の環境が劇的に変化するわけでもない。

だから、多くの人がつながり、関わり合いを持ちながら訴え続け、行動していくしか手段はない。ハンドボール界だけの問題ではなく、女性スポーツの問題だけでもなく、社会全体の問題。

大切なのは、多くの人が混ざり合うなかで多様性が広がり、それぞれができることを行動に移すこと。

まずは、二人のインタビューを読むことから始めてもらえたら幸いだ。

写真協力=MARK THREE DESIGN

木之下潤

【プロフィール】
文筆家&編集者/「年代別トレーニングの教科書」「グアルディオラ総論」など制作多数/子どもをテーマに「スポーツ×教育×発育発達」について取材・研究し、2020年1月からnoteで「#僕の仮説」を発表中!/2019年より女子U-18クラブユースのカップ戦「XF CUP」( @CupXf )の公式メディアディレクターを務める/趣味はお笑いを見ること

#高木エレナ
#女子ハンドボール
#女性アスリートの産後復帰
#リアルスポーツ

「僕の仮説を公開します」は2020年1月より有料になります。もし有益だと感じていただけたらサポートいただけますと幸いです。取材活動費をはじめ、企画実施費など大切に使わせていただきます。本当にありがとうございます。