「応援する」という生き方

やりたいことが見つからない。

そう思い始めて既にどれだけ経っただろうか。人生や仕事に成功したと言われる人の話を見たり聞いたりしていると、何かのきっかけで「やりたいこと」「やり遂げたいこと」が見つかったといわれます。

『生きていくには自分の「やりたいこと」がないとダメだ』という張り紙があちらこちらに貼られているような気持ちになってしまいます。

自分が本当にやりたいことを見つけたいし、見つけたらそれにまっしぐらに突き進んでいきたいという衝動が捨てきれないでいました。

私は、自分から新しいことに積極的に手を出せる方ではありません。でも、このままだと、やりたいことは見つからないと思い、少しでも興味があるもの、時には興味はないけれども人に誘われたものに手を出してきたこともあります。

長年続けてきた仕事の延長線上や関連する仕事などでそれを見つけようとも思いましたが見つけることはできませんでした。転職も何度か経験してきました。その時々で自分の興味の赴くままに仕事を変えてきましたので、今思うと一貫性がなく、これまでにスキルや経験がうまく積みあがってきているとは思えません。

週末や毎日の仕事後の時間を利用して様々な活動に参加してみようと思った時期もありました。その昔に流行っていた異業種交流会たるものにも参加したことがあります。情熱をもって取り組んでいる人に会えば、何らかの刺激になるのではないかと思ったからです。しかし、自分が参加した異業種交流会は正直なところ、皆が自分のことをアピールするだけで、中には名刺交換することだけを目的に来ているのではないかと思われる人もいました。結果として、まったくつまらない時間を過ごした気分になってしまってました。

そんな中、勤めていた会社が不振となりリストラが始まりました。一人ひとりというものではなく、自分が所属していた部署ごとリストラの対象となってしまい、異動や移籍とかではなく、その部署に所属する人材はすべてその会社を去ることとなりました。

その後、職を失って数カ月が経ち、自分も含め家族4人を抱えたまま、まだ再就職先が見つからない状態が続いていました。

そんなある日、新聞購読の勧誘がやってきて、3カ月間だけ購読してほしい、という話を持ちかけられました。どうも契約数を稼ぎたいようでした。無料で3カ月間購読するだけで、それ以降は継続購読する必要もなく、3カ月で解約してもなにも追加料金などは発生しないということでした。

無料ならいいかと思いつつ、しかたなく3カ月間だけ新聞を配達してもらうことにしました。

それからしばらくして、毎日その新聞を読むことが日課のひとつになっていきました。

その当時は新聞に求人広告が掲載されていたのですが、ある求人広告に目がとまりました。その新聞の求人ページには何件も求人広告が掲載されていましたが、その求人広告は最低料金枠だったのか、とても小さくて、こんな小さな広告は誰も見向きもしないだろう、と思うほど本当に小さな枠にところ狭しと文字が書かれていました。

それは、ある団体の事務職員を募集する求人広告でした。

文字をよく見ると、どこかで見たことがある団体名が書かれてました。どこで見かけたのだろう、なぜ知っているのだろう、と考えていて、ハタっと気がつきました。自分の本棚から数年前に買った1冊の本を手に取りました。その本は、数年前に本屋でいろんな本を眺めていたときに、ふっと気になって買った本でした。あるNPO団体の活動を紹介する内容が書かれた本だったのですが、その本は1度読んだきり、読み返すこともなく、本棚にずっと置いたままになっていました。

その頃、まだ再就職活動がうまく進んでいなかったということもあるかもしれませんが、なぜかその求人がとても気になりました。ここで働いてみたい、という衝動が日に日に増してきました。その数日後、履歴書に加えて、自分の気持ちを書き連ねた文書と一緒にその団体に応募しました。

実は、この団体が行っている活動と似た活動に学生の頃に関わっていました。大学を卒業して就職する際、その活動にはまだ興味はあったものの、まさか、その分野で生業としている人たちがいるなどとは思いもつかなかったので、働き先の候補としてまったく考えたことがありませんでした。

就職先が通っていた大学の地元から遠く離れていたこともあり、学生時代に関わっていた活動とは疎遠となり、その後はそういった活動に関わることもありませんでした。しかし、就職して何年も経った後に本屋でみかけた本を買って読んだことがあるということは、今思うと、どこかで興味を持ち続けていたのかもしれません。

求人広告を見て本を取り出してきた時は、もしかすると、自分がやりたいことは、実は自分の意識の中にしっかりとあったということに、単に自分が気がついていなかっただけなのかもしれない、とその時は思っていました。

(その時はそう思ったのですが、実は思い過ごしだったことに後になって気がつきました。)

応募して数日後に書類選考されたという通知が届き、しばらくして面接会場に向かいました。実は、事前に面接時間は10分間しかないという連絡を受けていました。それまで再就職活動中に数社で面接を受けてきましが、こんなに面接時間が短く、予めそう伝えられてきたことは初めてでした。

10分間しかない。そんな短い時間内に自分はいったい何を伝えればいいのだろうか。

10分の間に何をどう伝えればいいのか、面接の日まで必死に考えました。

そして、面接当日。その場ではとにかくしゃべりまくったことを覚えてい、ます。ただ、何をどのように話したのかは全く記憶にありません。

面接から1週間くらい後に、採用したい、との電話がありました。連絡がなかったので半分あきらめかけていたところでしたので、その時は「やった!」という嬉しい気持ちが一気にわいてきました。そして諸々の条件を確認したいと思い、話を進めていくと、採用されるのは、ひとりだけだということでした。そして、年収を確認したところ耳を疑いました。先方が提示してきた年収額は前職の約半分の金額だったのです。

一気に戸惑いの気持ちで頭の中でいっぱいになりました。約半分の年収で家族4人が暮らしていけるだろうか。その場で答えることができず、少し時間をください、と伝えてその電話を切りました。

やってみたいと思った仕事が目の前にある。でも、年収は半減。
とても厳しい判断をしなくてはならない状況になりました。

悩みに悩み、家族とも話し合い、そして、また悩み続けた結果、翌月からその団体で働くことにしました。

その後、その団体で働き始めてから12年目を迎えた年に私はその団体を離れて、別の団体に転職ことにしました。転職先の団体は、それまでの団体とは全く業界や業種も異なるので、また最初から学び、人とのつながりもゼロからつくることになりました。

最初の団体の業務はとても興味深く、自分のやりたいことがこれで見つかったように思いました。このまま、この活動をずっと続けていくのだと思っていました。

しかし、その団体が主催する講演を聴く機会があり、その話の中で「自分の夢がない・見つからなかった自分は、それが見つかるまでの間は、他の人の夢を応援することに自分の時間を費やしてきました」と彼女は話をされていました。

彼女は祖父からそんなアドバイスをもらったことがあり、実践してきた結果、今は彼女自身の夢をもつことができたのだとのことでした。具体的な話をすると個人を特定してしまうので詳細はお伝えできませんが、彼女はある人のどうしても叶えたいひとつの夢を一緒に叶えたことが大きな自信にもつながったとも話してました。その相手方は体が不自由で、その夢は周りから絶対に実現できないと言われ続けてきたことだったのですが、彼女はいろんなことを調べつくし、トライ&エラーを繰り返しながらようやくその夢を実現することができたそうです。私もたぶん最初にその夢を聞いたとすると、それは叶わない夢、だと言ったと思います。でも、普通では思いもつかない方法で彼女はその人の夢をみごとに実現してあげたのです。

その話を聞いたとき、自分のことを振り返っていました。というのも、その時に関わっていた団体での仕事はやりがいもあり、楽しくもありましたが、ちょうどその頃、何かもやもやしたものを感じ始めていたのです。
そのもやもやは何なのだろうかと。

やりがいもあり、楽しくもある。そんな仕事をしているものの、
それらが一生をかけて自分の夢ややり遂げたいことと言えるものなのか。
いやいや、いつまでそんなことを考え続けているのか、と
右肩にいる座っている小さな自分と左肩に座っているもうひとりの小さな自分が言い合っている、そんな状態でした。

その講演の話を聞いたとき、もしかしたら、
自分の夢ややりたいことを模索しつづけなくてもいいのではないか、
自分以外の人の夢、身近な人の夢ややりたいことを応援する生き方もあるのではないか。結果として、自分の夢が見つからないまま最期をむかえることになったとしても、それはそれでいいのではないか、と。

そう思えた瞬間、すっと「もやもや」がなくなっていく感覚になりました。

よく考えてみると、自分の夢をみつけたという人や追い続けている人の多くは、誰か他の人たちの困りごとや不便なことなどを解決するためのものばかりのようにも思います。それは、結局は他の人を応援していることになっているのではないかとも思えるようになりました。

もうすぐ、新しい団体に移ってから5年が過ぎようとしています。
今はその昔の「もやもや」を感じることもなく、
小さくてささいなことばかりですが応援する生き方を続けています。

あの講演を聴いたことがきっかけで、あの選択をできるようになったから、今の自分があります。

#あの選択をしたから




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