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古代の春 二

雨の翌朝吹く大風が、ごうと音を立てて広げてあった粗朶を巻き上げて辺りに散らかしてしまった。
ハヤタリは慌てて走り回って拾い集めようとしたが、再び吹いた大風に、枯葉を付けた小枝は伸ばした指先から掠め取られて、くるくると回りながら遠ざかって行った。
鶏たちは突然の風に羽根を羽ばたかせ、不平そうに喉声を上げた。
その様子が可笑しくてハヤタリが笑い出すと見ていたあねさまも笑い出した。
堤の向こうから大きな人影が数人向かってくるのが見え、誰だろうと目を凝らすと相手もこちらに気づいて手を振って来た。
振り返ると、田の畔に集まっていた男衆おのこしゅうが、みな手を振り返していた。
男衆に立ち混じっていたととさまに「誰?」と聞いてみると「兄邑えむらの長とその兄弟だ。大風が吹いたからな、春の手業てわざをはじめるのよ。だが見慣れぬ顔も混ざっているな」と答えが返ってきた。
兄邑からの男衆は背負っていた大きな荷を降ろした。
荷物の中身が見たくて、ハヤタリはととさまに駆け寄ると、背なにしがみついて覗くように見守った。
鋤や鋤の頭、田に入る時の履物、磨いた石包丁、ハヤタリの拳くらいある磨いた丸い石には穴が空けられている。
それが何かハヤタリにもわかった。投網に付けるおもりだ。
結わえ方が不味くて失くした錘を新しく作ってくれたのだ。
沢山の木の棒はこれから田を起こすのに使う鍬の柄だ。
磨かれた木肌はほの白く滑らかそうで、こっそり手を伸ばして握ってみるとハヤタリの手には太かったがほんのりと温かかった。

 春仕事

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