0527.2331

気がついたらすきになっていたもの、コインランドリーもそのひとつ。でもやっぱり、雨をすきだと認識していた頃、その頃とおんなじ気がしている。

わたしがすきだったコインランドリーは、いつしか無くなっていた。建物ごと無くなったのではなくて、中身だけ空っぽになっていた。それはひどくかなしかった。近くに真新しい、ぎらぎらした乾燥機を据えたコインランドリーが出来たときにどきりとしたんだ。きっと、そっちに流れてしまったのだろう。人が変わっていくのだから町だって変わっていくさ。そう思っていたし、無くなってしまったと気が付いたときはさほどショックには思っていなかった。でも、時が経つにつれもうあの場所はないのだと思い知らされるようで。

あの頃わたしはまだ学生で、通学に電車を使っていたのだけど、家から駅までの途中にあったコインランドリー。どうして寄ってみようなんて気になったのかな、それも今では思い出せない。

いや、きっと寒い時期だった。コインランドリーのすぐ脇にある自動販売機で、わたしは温かいココアかカフェオレを買ったんだ。そのことはようく覚えている。この先は想像なのだけど、外はとても冷えるし、コインランドリーなんて入ったことなかったから ちょっとした好奇心で中に入ってみたに違いない。


戸は横にスライドするタイプ。開くとカラカラいうやつだ。一歩足を踏み入れれば洗剤の匂い。なんの洗剤だか分からないけど、コインランドリーっていうところは、このやさしい匂いがいっぱいに広がっていて、なんだか物静かで(ほんとうは乾燥機の回る音だとか、洗濯機の音が聞こえるはずなのだろうけど このコインランドリーはとにかく静かなことが多かった/その頃から利用客が少なかったのかな)わたしはその雰囲気に惹かれてしまった。

真正面に、黄色い乾燥機が4台。左右の壁伝いに洗濯機。真ん中には長机が2つくっつけて並べてあって、椅子はよくバス停なんかにあるようなやつだ。そして重要なのが古時計で、戸をくぐり 振り返る形で上を見やると、なかなかに年季の入った古時計がかかっている。振り子式。静かな空間の中で、この音だけが響いている。想像して?


これが、わたしがすきだったコインランドリーだ。

その日から、わたしはたまに 自動販売機で飲み物を買って、コインランドリーの長椅子に腰を下ろし 飲み干すまでの時間を過ごすようになっていた。ほんとうはこんなのよくないってわかっていたけど(利用客でもなく居座ること)、見つけたその日からわたしにとってとくべつな空間で、とくべつな時間になっていた。誰も来ないし、こんど乾燥機を使いに来るから それで許してもらおうなんて思ってた。でもね、実を言うと一度もその乾燥機を使った試しがなかった。コインランドリーに通っている(とまでは言わないか。週に1度寄るか寄らないかくらいだったかな)のに洗濯機も乾燥機も使わないなんて、おかしな話だよね。

今ならわかるのに、無くしたくないものにお金を使うことの意味。ただ好きなものを好きなだけじゃだめで、好きを誰かに伝染させたり、その好きを生んでくれたひとにありがとうって伝えたりすること。そうすれば、すこしは後悔せずに済んだって。

.

雨と、コインランドリーと。わたしの好きが合わさって生まれたのが、「コインランドリーで待ち合わせ」という名前の物語だ。これはもう5年くらい前にいちど描きおえて、表に出さないままじぶんの中で完結した物語だった。かっこよく言ったけど、ほんとはきちんと清書して出そうと思っていたのを出来ずに時が経ってるだけ。でも、また描きたいといつでも思っていた。だから、すこしずつでもこんどこそ描くね。あのコインランドリーを思い出すように。無くさないように。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?