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脱幻想ー私から私への回答

先週ですが、YouTubeでTransforming Mediocrity into Exquisitenessを見ました。『The Gene Keys』(RIchard Rudd著)をしばらく参照していた時期があったのと、Richardの声に一時の癒やしを感じてしまう。さらにRichardの7分トークが、私が言葉にできないことを見事に表現していたので、なんだかすっきり。

Mediocrity (mediocre) = of only average quality; not very good.

平均的なクオリティー、大変よくはない(なんという訳)

Exquisiteness (exquisite) =extremely beautiful and delicate

辞書に載っていたのは「雅な」。よくわかんない訳は不採用(自分のことは棚にあげておく)。

mediocrityをexquisitenessに変えることについてのお話でした。

もともと人間はexquisiteにできている。自分で選んだ場所に生まれて、そこから環境を変えてexquisitenessに向かう力ー創造力・想像力ーを授かっている。そもそも、邪魔されなければ新芽のようにすくすく伸びるexquisiteness。

そんな尊いexquisitenessが育つのを邪魔して、眠らせたままにすると感じるのが痛いmediocrity。

今まさにそんな感じ(笑)。昔はもっとそうだった、けれど、そのこと自体に気づかないぐらいのレベル。まだ麻痺していない。でも、Falling into Mediocrityの引力を感じる今日このごろ。

これが定期的にやってくるのは、次に行くために、たしかに必要なんだけど、毎回、やってくる感じが卑劣(笑)、いえ、スマートになってきている!

なんて思っていたときに、すっかり忘れていた動画への私のコメントに誰かがいいねをしてくれて、見にいったら、動画そのものよりも、そのときの自分のコメントが、いまの自分への直球回答だったことに気づく(笑)。

1週間前の私は、こうなることを状態を知っていたのね。

That giving up on the exquisiteness is such a pain that I spent most of the time avoiding it (which aggravates the pain lol) - And eventually giving up on the struggle turns out to be the answer, letting the inner light shine, instead of repressing it.

equisitenessを諦めることは、とても苦痛なので、exquisitenessを避けることに、ほとんどの時間を割いていた(なかったことにするというやつです)。でも、最終的に、そんな意味のない(とは書いていないけど笑)もがき自体を諦めればいいんだ。内なる光を抑え込むのではなくて、輝くままにしておけばいいんだと。

みんな違うエッセンスを内側に秘めている。

別に、それが才能でも才能じゃなくても構わない。

その人だけのエッセンス、スタイルを信じきって表現するときが、内なる光が輝いている状態。「輝かせる」んじゃなくて、勝手にあふれ出る。

みんなが自然に自分自身でいられて、競争も比較もない、和而不同/ Differences in Harmonyの世界が本当の世界だと気づくとき、平和は決して目新しくて、探し求めるものではなく、ただ、幻想の中でしか生きていなかったから見えなかったんだと分かる。

ちょっとの間だけ、マインド主導の幻想で遊んでコントラストを味わうのは面白いけど、それを本気で信じてしまって、❤の中のexquisitenessが眠ったまま今生を終わるのって、なんだかもったいない。



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