切抜4「早朝、見知らぬ天井の元で目を覚ます」

(「切抜」シリーズは、今胸の内にあるモヤモヤを言葉に乗せてまとめる、いわば心の整理をするための雑記帳というもので読んでいただければと思います)

枕元の段差に勢いよく後頭部をぶつけ、じんじん痛みを感じながら天井の景色を眺めた。ちょうどベッドを切り取るみたいに鏡が貼られていた。
幾人もの恋人たちがお互いの愛欲を満たすために夜に身を隠してきたであろう場所に、失ったものの大きさに身も心も打ちひしがれてる大人が1人、なんの慰めにもならない上に自分の今を嘲笑うようにこんな場所にいる。

ベッドの大きさや浴槽の広さ、部屋自体の空間の隙間達は虚しいくらいに暖房から流れる温い風を巡らせていく。私一人に対してこの空間は広すぎたな、と思いつつ、この世の最後を迎えんとしているような顔で考えをまた1つずつ整理した。

大切な恋人に別れを告げて二晩が明けようとしていた。あまりの喪失感に身を裂かれる思いで日々をこなしていたが、もういっそ身を投げ捨てた方がマシだと思えるほど過去に縋っている。溢れ出る思い出たちに追い詰められ、しばらくは忘れようと思いわざと外していたお揃いの指輪を身に付けて、かさぶたに触れるみたいに何度も何度もそれを指の腹で撫でた。
彼のことがとても、愛おしかったんだ。
これからどう日々を生きていけば。

別れを告げた時、それまでクールを装っていた彼が今まで1度も見せたことのなかった泣き顔を私に晒した。あの顔が頭から離れない。あんな顔を見るつもりなんてなかったのに、もうずっと私の頭の中からあの泣き顔が離れない。別れ際は悲しいのは当然で、あの愛らしい表情を歪めることも承知の上だったはずなのに。
時間が解決するとはよく言うが、彼と彩ってきた日々が私の日常からみるみる離れていくことがとても耐えられない。

別れを告げる前まで、正直な話、他の新しい人達との出会いに胸を高鳴らせたりしていた。それまで親身に話を聞いてくれていたとある異性の人に対して思慕の念に近い想いを抱いたりしていたが、それはこの喪失と共に蒸発した。もう何も思うまい。

兎にも角にも、別れを告げるということは両者ともに傷を負うことになるわけで。
自分が傷つくことには慣れているし、その傷の癒し方だって知っている。が、相手を意識的に傷つけることは本当に苦手でならない。特に自分の気持ちに反する上でのその行動は最も、想像の遥か上を超える程の耐え難い痛みを伴う傷を負う。己が矛盾に傷をつけられる心地は、これまでに経験したことのない痛みだった。

ホテルをチェックアウトして、見知らぬ土地から職場の最寄り駅まで電車で向かった。窓の外に聳える街並みは陽の光をたっぷり浴びてまた今日を迎えようとしていた。そんな陽の光を私はじっと眺めていた。ただその温もりが無常にも私の心に照りつけては熱を持たせていく。

この痛みから早く解放されたい。
こんなに痛むのなら、いっそ彼を引き止めてしまいたい。別れ際に彼が私に言った。
「こんなにお互いに苦しい思いするなら、いっそ心中しようか」と。
2つ目の朝を迎えて、今なら「そうしようか」と重たい溜息と共に返事が出来そうな気がしてきた。

今日もまた、春の足音が聞こえる。

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