還相 連  

たかひとは夜を、灯りの傍で眠る。灯りを、ぢつと見つめていると、灯の輪郭の向こうに気配が、はなれてゆく。*共にいてほしい、そう囁き灯りを消した。雪の、音楽(らく)がする。朝日が昇って、たかひとは、薄く、息を吐くと、襖を開く。息が白かった。一面の、天の川だった、そう錯覚するほど、雪が光と、戯れて、幼い、幸福を、宇宙に唄っていた。廊下の庭に、子供が隠れていた。たかひとは、近付いて、肩の雪を払うと、もしかして、お前は母がいないのか、と返すと、おかあと子供は言う。その時、日が昇った。たかひとは光に掌を翳すと、子供は泣き出した。俄に、たかひとは寂しくなった。

歌詠みの儀礼の服に着替えると、廊下を駆けてくる、たかひと、たかひとと、うれしく堪らないように。うむう、たかひとは抱き上げると、先程の少年がいた。*男子であられたか。貴方の名は、還相 連としよう、とたかひとは云った。
おいでと抱き寄せると、子供特有の柔らかな、肌に夜と涙の匂いがする。少年は透明に、顔を輝かせた。*たかひとは、暖かい。
*お前は幽世から始まった、やがて還れるように、との願いの名だ。婆やが、やって来て、何かを哀しむ表情で、連に月姫様に、向けるような、優しい表情で、無言のまま、連の淡い、掌を引いた。口惜しそうに襖は閉じた。連が、後ろを振り向いては、手を引かれ、永遠に月に昇ってゆくようだった。*そなたは還相だ、必ずや、還るだろう、そんな願いは、むつかしいものだ。
沈黙の帳が降りる。連の、かなしい匂いが微かに残香していた。冬を越したら桜なんだが、と風を泳ぎ、胡蝶の夢を見るように雪の降る、廊下をわたる。通りすぎるひと、みなが、伏していく。

使いは、たかひとに伏して積もった雪を、目で追うと、桜の木がある。孤独に咲けよ、野原になっても、咲けよ。と、薄く白い哀しみの中、またたちあがって、幽霊のように裾を、廊下に滑らして。

廊下はしんしん、とした。
たかひとは、ぎし、と廊下を踏む。夜である。

桜が、散った。ぎし、と廊下をまた踏む。深い、闇の中。風と一つになって。ぎし、と、鳴る。

たかひと、

後ろからだ。振り返ると、連がいた。たかひと、そう連は、胡蝶が、浮き世に還るように淡い月光のなかで、言を霊芻した。

*たかひと。たかひとは、生きてくれるか。

たかひとは、一緒に桜をみよう、と約束した。*みなさい。桜の、まだ蕾もない、冬の因縁だ。けど、私にはきこえるようだ、祈りと旅と、それから連や私たちで唄っている。

春よ、来い、と。

だから、また還るだろう、とね。そう囁き、たかひとは、暮明に死の香を漂わせ、水の中に、骨が沈むようなしづけさでまた廊下はしん、とした。

還相 連は、涙を忍び、舞った。舞ってゆくと、深い、水の中へ沈んでゆく記憶を思い出した。水面が、きれいで、きれいで。またいつか、昇りますから、お父上。足跡も残さず。暗がりにいる、たかひとは、窓を微かに明けて、月を眺めていた。その風に、還相 連の意思を、こころに感じて、しづかに涙をはらはら、とこぼした。

「還相 連」は、たかひとの妻と亡くなった、乳飲み子の時の子供です、そこまで書く余力なかった。


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