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野生動物へのアプローチの記録

2022年11月に放映されたNHKスペシャル『OSO(オソ)18〜ある怪物ヒグマの記録〜』という番組を当時見た。北海道南東部で4年に渡って、放牧されている牛を次々と襲う熊を取り上げたドキュメンタリーだ。通常ヒグマは木の実や山菜や昆虫を食べるように進化した生き物だが、時折肉の味を覚えて家畜を襲う熊が出没するという。2019年頃から被害が確認され始め、その被害数が60頭以上と多いため、北海道庁が動き特別対策班が組織された。この番組は、「OSO18(オソジュウハチ)」と名付けられたその怪物ヒグマの行方を特別班のハンター達が追うという内容だった。

ちょうど催眠術を学び、人間に掛ける前提で習った催眠療法をどうアレンジメントしたら犬に掛けられるのか?という前人未到の研究を続け日々練習に明け暮れていた私はσ(^_^;)、その番組を見て、OSO18が冬眠から醒める2023年の春以降、牛を襲うことがないようにと、そのヒグマに催眠療法を掛ける挑戦をすることにした。因みに、非言語(言葉を使わない)催眠術は時間と距離は関係ないので、掛ける相手を特定できさえすれば対面しなくても理論上掛けることはできる。家畜を飼育する酪農家、殺されたり傷つけられる牛たち、そして特別捜査班などというプロジェクトで追われ続けるOSO18の、三者いずれにとっても平和が訪れるように、という想いを込めて。催眠効果の可否は報道で答え合わせが可能なので、もし成功すれば、毎年10頭以上の牛を襲って来たOSO18という怪物ヒグマは、2023年には忽然と北海道から姿を消すことになると。

用心深い気質で、肉眼でほぼ目撃されたことのないOSO18だが、森に設置した無人赤外線カメラにその姿が2度ほど捉えられていた。私は、その動画に写っていたOSO18を視認し、潜在意識にアプローチし、2022年11月下旬から、どこかで冬眠しているであろうOSO18に「牛の肉の味を忘れる」催眠術を掛け続けた。
しかしながら、野生動物に催眠療法を使うのは初めてで、人に飼われている犬と野生熊は掛けている手応えがかなり異なり、正直、掛かっているのかいないのかの自信がないまま、あの手この手でアプローチし続けて、半年もの間一人で悪戦苦闘していたのだった。こんなことに精力を注ぐなんて、まるで漫画かオカルト映画の世界だなぁと思いながらσ(^_^;)。

そして、明けて2023年、私は北海道のニュースに注目していたのだが、6月に1頭牛が殺され、付近に残された体毛からOSO18の仕業と断定された。ああ、私の催眠療法は効果なかったのかとガッカリしていたのだが、8月にとあるニュースが飛び込んで来た。それは、7月30日に駆除された1頭のヒグマが、体毛のDNA鑑定にてOSO18だと判明したというニュースだった。
釧路市内の牧草地で、痩せ細って横たわり、人が近づいても逃げる様子がなかったためハンターがその場で仕留めたという。その熊がOSO18とは思いもしなかったハンターは、解体業者に引き渡し、肉は日本各地のジビエレストランなどに売られたそうだ。
後に解体業者をNHK取材班が突き止めてインタビューした際、OSO18の胃は空っぽだったと証言している。そして、その解体業者は、体毛薄く痩せ細り、かなりの高齢熊だろうと推論していたが、ハンターが唯一手元に残していた牙から鑑定したところ、OSO18の年齢は9歳半で、通常20歳まで生きるヒグマとしては高齢な訳ではなかったのだった。
まだ若いOSO18は、2023年春に冬眠から醒めてからは、たった1頭しか牛を襲わず、しかもその際も背中とお腹の肉を少しだけしか食べていなかった。そして、これまで一度も立ち入ったことのないエリアを彷徨い、痩せ細って弱っているところを特別班とは関係のない地元ハンターに撃たれたのだった。
NHKスペシャル続編『怪物ヒグマ最期の謎』の中で、前脚の幅が18センチもある立派なオスだったOSO18が、なぜこのような状態で最期を遂げたのか、熊の専門家たちも皆目分からないとインタビューで答えていた。

私がOSO18に掛け続けた催眠術が、実際のところ効いていたのか否かは、どうにも証明のしようがない。が、このニュースを聞いて、肉の味を覚え、ここ数年肉しか食べて来なかった熊の脳内から、肉の味の記憶が消えてしまい、牛を襲って食べるという行為をヨシとせずに餓死のようになって弱っていったのだとしたら……この結末は私にとってとても大きな意味を持つ。
一方で、OSO18の名を聞くと、家畜を襲う害獣が駆除されて良かったという感情とは異なる後味の悪い思いが未だに湧き上がって来る。ちょっとした思いつきだったとは言え、私は何のためにこのチャレンジをしたのだったか? 
肉の味の記憶を消すだけではなく、木の実や山菜を食べていた遠い日の記憶を蘇らせておくような催眠術をOSO18に同時に掛けていたとしたら、同じ結末を迎えたとしても、こんなにも心がザワザワすることは無かったかもしれない。
コロナ禍でたまたま知り合った催眠術師から催眠術を習うことになり、それ以降、リアルな物理の世界と目に見えない情報(空想)の世界を行ったり来たりしながら生きている私に、この出来事は少し堪えた。北海道新聞のニュースを食い入るように読み込んで涙ぐんでいるって、他人から見たら間違いなく変人だろーなと思いながら。
OSO18、この一件は、この道を歩き続ける限り、教訓として決して忘るまじ。
(記2023.11.14、一部加筆2024.7.11)

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