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チョコレートパフェ

アルコールで死にかけたのになぜ強引に退院したのかと女が聞く入院費はほとんどかからないと説明を受けている時に俺は「退院する」としか言わなかったらしい・・・ここのところの記憶がごっそりと女の話と俺の記憶が食い違っている・・・俺はそんな事は言ってはいないつもりだが・・冷静に考えれば早く病院を出たかったのだろう・・・そして理由は簡単だもっと飲みたかったのだ・・・・


○月×日
あれだけ飲んで死にかけたのにも関わらず飲酒欲求が消えない、暇になると飲みそうになるのでアルコールの専門病院に通い断酒会の例会へも殆んど毎晩出席している、断酒会のポリシーは平等精神である、そしてルールはメンバーの酒害体験を言いっ放し、聞きっ放しで聞く事だ、俺も人の話を聞き自分の話をするが、脳みそがアルコールのダメージで参っているのかメンバーの話も自分の話も何を喋っているのか良く理解できていない一説によると脳みそからアルコールが完全に抜けるのに半年かかるそうだ酒を止めたせいで、やたらと甘い物が食べたくなる

○月×日
影を掘ったらまた子供のメルモちゃんが出て来たから三角公園に売りに行く、途中で若いおまわりに出会ったので交渉すると3万円で売れた、これで暫くは女に金を無心しなくてすむS村の息子が繭に成ったと言っていたがどうしたものだろう公園で一服しながら考えてみるが言い考えなど有るはずもない、断酒会は○○東支部に入る事に決めた断酒会の例会は月曜から土曜まで、どこかの支部で行われていて日曜もどこかで催しが有り酒害教室や昼間の例会なども含めると結構な数にのぼり、どこかで手を抜かないとへたってしまう俺は風の無い暖かな公園で陽を浴びながら生きていて良かったと思った良く見ると桜の枝にも蕾がついていて冬が春へと向かっている事に気づかされる

○月×日
区役所の保健福祉課で開催される酒害教室に出席する、講師は医師のY田先生だ1番目はぎっくり腰の話?2番目は蓄膿?酒害教室なのに、良えの?と疑問を覚える、3番目は睡眠障害の話でやっとそれっぽく成って来たが・・寝てしまった・・・質問コーナーに移り俺はアルコール依存症では無く未だ普通に飲める事を強く訴えたY田先生は俺に「あなたはどれ位の酒を飲みますか」と聞いて来たので「7合は飲みます、それも全部一気飲みです」と答えたら会場から笑いが起こったY田先生はホワイトボードに酒のコントロールと書いて「あなたはこれが既に出来なく成っていますね」と言われ核心を突かれたようで嫌な気持ちになった・・2時間の酒害教室が終わり俺は相談員の女性に今通院している、いい加減な病院ではなく依存症なのかそうで無いのか判別できる確かな病院を紹介してくれと頼んだ、死ぬまで断酒をしなければいけないのか未だ酒を飲めるのかは俺にとっては重大問題だったのだ手続きが終わり帰り道にダイソーでA4サイズのファイルケースを買った、店を出ると交差点でトラックの運転手とタクシーの運転手が殴り合いの喧嘩をしていた、アパートへの帰り道で行きかう人たちが、断酒会や酒害教室で出会った人に見えて、つい挨拶をしそうに成る・・・大丈夫なのか俺?

○月×日
S村から家に来てくれと電話があり家をたずねた・・S村と奥さんと3人で前は息子さんだったと言う大きな繭を眺めた繭は息子さんの部屋の勉強机の横、窓際の片隅におきあがりこぼしのような形で糸をはって張り付いていたS村の話によると時々繭が動くらしい繭は薄青い色合いで耳を当ててみると明らかな胎動を感じた「・・生きてるよ・・・」と俺が言うとS村は「どうしたら・・どうしたら良えんかな・・」とかなり参っている奥さんは思いつめたようにじっと繭を見続けている、これから繭がどうなるのか何しろ情報が無いのだ繭に成ったり土に潜った場合警察に届け出る事に成っていて、届け出ると繭は連れ去られ情報が規制されるため家族にも何も知らされない俺は慰めにも成らない「・・・暫く様子を見てみよう・・」と言う言葉しか、かけてやれなかった、その夜は例会を休む積もりだったが無性に飲みたく成ったので遅れて出席した

○月×日
区役所に紹介された病院に転院が決まり毎日通院する事になった・・・断酒会も毎晩のように出席していると大体いつも同じメンバーだという事に気づく多い時で32~3人、普通で20人前後だ女性メンバーも6~7人で半数は被害者である家族の会のメンバーだが、なかには奥さんが依存症で旦那さんが家族の会と言う事も有った、いつものメンバーで体験談が始まる、腕を大きなお腹の後ろで組み目をつぶり応援団員のようにふんぞり返って毎回同じセリフで話をする人、うつむいて誰にも聞こえない小さな声でボソボソボソボソ話す人、家族全員アル中でそれがなんじゃい、かかってこいやと言う人、毎回判を押したように依存症になった経緯を事細かく述べる人、・・・ほとんどの人が毎回同じ話をするので毎回同じ話を聞く事になる、工夫して別の話をする人は少ない・・・良く理解できない話もある・・俺の話も自分自身よく分かっていない・・大事な事はうまく話す事ではなく、その人その人の振り返りなのだ・・・

○月×日
「繭を家族に取り戻す会」の市民団体が国会議事堂に向かいデモ行進を行い議事堂前が大変な騒ぎに成っているとテレビが映し出している4~5年前から弁護団が結成され、始めは小さな団体だったものが今はとても大きな団体に膨れ上がっている、それだけ繭化が進んでいると言う事だが、この夜は機動隊に火炎瓶を投げつけた一部の集団と機動隊が揉み合いに成ったところでテレビの映像は途切れ「暫くお待ちください」のテロップが流れ続けている、出勤前の女が化粧をしながら「どうなるんやろか」と不安げに聞いてきたが何処のチャンネルに切り替えても同じテロップが流れている、俺は日本だけではなく世界でも繭化が進んでいるんじゃないのかといぶかしく思った

○月×日
公園のベンチで一服していると、あの嫌みを言う大きな黒猫が前を通り過ぎて行ったので身構えたが何事もおこらなっかった「繭を家族に取り戻す会」の構成員は100万人近くに成るらしいがS村のように家族で隠している者がいる事を思えばその数はどれだけ膨れ上がるのだろう、そして土に潜ってしまう人々を入れれば・・・今夜も例会に出席したが、親や自分の家族に迷惑をかけたとの体験談と反省が多い、俺には親も居ないし自分の家族とも音信不通なので俺に取って今、一番大切な存在は女だ幸いな事に今の女に手をあげた事は一度も無いそれでも俺は色々な意味で女に償いをしようと決意している

○月×日
毎日通院で通う病院の主治医に断酒をする決意が固まったと伝えたら「そしたら抗酒剤を出そうか?飲んでみるか?」「分かってるやろうけど酒を飲んだら救急車を呼ぶはめになるよ」と念を押され俺はうなずいた待合室で処方箋を待っていると女からラインが入って、仕事が休みに成ったから駅で待ち合わせをする事にした駅前の喫茶店に入り女の子にコーヒーとチョコレートパフェを注文した、女の子が俺の前にコーヒーを置き女の前にチョコレートパフェを置いて行ったので、俺は笑いながら俺の前のコーヒーと女の前のチョコレートパフェを交換した


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