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帳簿保存義務とインボイス

インボイスといえば、様々な切り口で様々な記事を目にされていると思います。今回は、帳簿保存義務として帳簿のみ保存について整理したいと思います。

帳簿保存義務とは

消費税といえば帳簿保存義務。変遷はありますが、消費税制定以来、インボイス施行後も仕入税額控除の適用要件として、消費税法30条7項に定められています。

消費税法30条7項
第一項の規定は、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿及び請求書等(請求書等の交付を受けることが困難である場合、特定課税仕入れに係るものである場合その他の政令で定める場合における当該課税仕入れ等の税額については、帳簿)を保存しない場合には、当該保存がない課税仕入れ、特定課税仕入れ又は課税貨物に係る課税仕入れ等の税額については、適用しない

消費税額の計算は、収入にかかる消費税から支出にかかる消費税を差し引いて算出します。この支出にかかる消費税について規定しているのが消費税法30条、仕入税額控除です。

上記の同条7項は、消費税を差し引く場合、すなわち仕入税額控除の適用を受ける場合は、取引を記録した帳簿とその取引の請求書等を保存することを求めています。
言い換えると、帳簿がなかったり、請求書等の保存がない場合には、仕入税額控除の適用を受けることはできませんから、消費税の納税額が増える結果となります。

帳簿保存義務(インボイス施行後)

原則的な取扱いと、インボイスの交付を受けられない場合の特例について確認していきます。

原則

帳簿保存義務は消費税法において大切な条文で、インボイス施行後も適用されます。インボイスの施行により保存する請求書等の記載事項に登録番号などが増えたことなど従来と変わった箇所はあれど、基本的には変わりません。

免税事業者との取引の場合

免税事業者と取引を行うと、経過措置により一部を仕入税額として控除することが認められています。

出典:国税庁「インボイス制度に関するQ&A」

免税事業者はインボイスを交付することができません。そうすると、インボイスの保存をしなくてもいいのか?と思われる方がいらっしゃるかも知れません。

消費税法は最初に書きましたように、帳簿保存は大前提です。この場合、保存する請求書等はインボイスではなく、インボイス施行前の記載事項を満たす請求書等(=区分記載請求書)を保存する必要があります。

日本税理士会連合会にいい資料がありました。下記画像左側の区分記載請求書というのがインボイス施行前の請求書等、右側の適格請求書がインボイス施行後の請求書です。インボイス施行後、免税事業者との取引で交付を受ける請求書等は区分記載請求書になります。この区分記載請求書を保存することで、上記の経過措置の適用を受けることができます。区分記載請求書の保存がないと経過措置の適用を受けられないので注意が必要です。

出典:日税連「適格請求書等保存方式(インボイス制度)」

原則的にはこのような取り扱いになるのですが、取引によってはインボイスの交付を受けられない場合があります。そういうときのために特例が定められています。

特例① インボイスの発行が困難な場合

適格請求書発行事業者が行う事業の性質上、インボイスを交付することが困難なため、下記に該当する取引は、インボイスの交付が免除されています(新消費税法施行令70条の9第2項)。すなわち、これらの取引をした場合、インボイスの交付を受けることができません。

① 3万円未満の公共交通機関による旅客の運送
② 出荷者等が卸売市場において行う生鮮食料品等の販売
③ 生産者が農業協同組合、漁業協同組合又は森林組合等に委託して行う農林水産物の販売
④ 3万円未満の自動販売機及び自動サービス機により行われる商品の販売等
⑤ 郵便切手類のみを対価とする郵便・貨物サービス

このうち、②③は、インボイスの代わりに、請求書や納品書等の一定の書類を保存することになります(消費税法30条9項4号)。

①④⑤は、次の特例②の適用を受けることになります。

特例② 帳簿に記載するだけで仕入税額控除の適用が受けられる場合

下記の取引に該当する場合は、インボイスの交付を受けることが困難なことから、請求書等の保存がなくても、帳簿に記載することで仕入税額控除の適用を受けることができます。

① 適格請求書の交付義務が免除される3万円未満の公共交通機関による旅客の運送
② 適格簡易請求書の記載事項が記載されている入場券等が使用の際に回収される取引
③ 古物営業を営む者の適格請求書発行事業者でない者からの古物の購入
④ 質屋を営む者の適格請求書発行事業者でない者からの質物の取得
⑤ 宅地建物取引業を営む者の適格請求書発行事業者でない者からの建物の購入
⑥ 適格請求書発行事業者でない者からの再生資源及び再生部品の購入
⑦ 適格請求書の交付義務が免除される3万円未満の自動販売機及び自動サービス機からの商品の購入等
⑧ 適格請求書の交付義務が免除される郵便切手類のみを対価とする郵便・貨物サービス
⑨ 従業員等に支給する通常必要と認められる出張旅費等(出張旅費、宿泊費、日当及び通勤手当)

これらのうち、上記①⑦⑧は前述特例①の①④⑤と重複しています。

ちなみに、帳簿保存義務の帳簿への記載事項は、下記4つを記載する必要があります。

① 課税仕入れの相手方の氏名又は名称
② 課税仕入れを行つた年月日
③ 課税仕入れに係る資産又は役務の内容
④ 課税仕入れに係る支払対価の額

この4つの要件に加え、上記特例のような帳簿の保存のみで仕入税額控除の適用を受ける場合は、「帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められるいずれかの仕入れに該当する旨」の記載も必要になります。

上記の9つそれぞれに論点はありますが、ここでは古物商(上記③)と出張旅費等(上記⑨)の2つを取り上げたいと思います。

特例②-③ 古物商

1つ目は上記③のいわゆる古物商特例です。古物商とは、中古販売業者を指しますので、ブックオフや中古車販売をイメージすると分かりやすいと思います。古物商の仕入は、その古物の売主がインボイスの交付ができない人が他の業種と比べて圧倒的に多いです。この特例があることで、インボイスがなくても仕入税額控除の適用を受けられるというわけです。

消費税法施行令49条1項1号ロ
古物営業法(昭和二十四年法律第百八号)第二条第二項(定義)に規定する古物営業を営む同条第三項に規定する古物商である事業者が、他の者(適格請求書発行事業者を除く。ハにおいて同じ。)から買い受けた同条第一項に規定する古物

古物商は、古物の売買、交換、委託販売を業とするのですが(古物営業法2条1項)、消費税法は上記にあるように「買い受けた」場合としていることから、古物の委託販売は該当しないと思われます。あくまで古物商がその古物を買い取る場合に限り、この特例の適用を受けられることになります。

古物商は古物台帳を備え付けています。古物台帳には下記の記載がされています。

国税庁「インボイス制度に関するQ&A」

帳簿保存義務の要件を満たすために古物台帳を使用する場合は、古物台帳に加えて「帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められるいずれかの仕入れに該当する旨」の記載をする必要があります。ただし、1万円未満の場合は古物台帳への記載が不要になりますし、税務調査の場面で古物台帳を提示するって想像しにくいように思います。

特例②-⑨ 出張旅費等

インボイス通達4-9(統合後は11-6-4)は、インボイス施行前の消基通11-2-1とほぼ同じです。ここでいう「通常必要と認められる範囲」というのは、出張旅費手当や日当を想定しています。

「通常必要と認められる範囲」の「出張旅費」ならこの特例が使えるとして、従業員に支払う出張旅費はインボイスが不要、つまり、支払先が免税事業者でも仕入税額控除の適用を受けられるという論調を散見しました。

インボイス制度において帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められる「その旅行に通常必要であると認められる部分」は、 所得税基本通達9-3 に基づき判定しますので、所得税が非課税となる範囲が対象になります。旅行費用の支払方法として、主に「実費精算」と「一定額の支給」がありますが、法令では支払方法の違いによって制限を設ける規定はありません。したがって、従業員等が立て替えた旅行費用について実費精算する場合も同特例の適用があり、帳簿のみの保存で仕入税額控除ができます

税務通信3737号

このロジックであれば、出張旅費は精算方法が実費か概算かは問わないということなのだと思います。
しかし、従業員が立て替える支出は、本来事業主に帰属する支出で、たまたま従業員が金員の精算をしてしまったに過ぎません。消費税は取引に対して課税する法律ですから、その取引が事業主に帰属するのであれば、この特例を使うまでもなく仕入税額控除の適用を受けられるはずであり、誰が決済したかで課税関係が変わる法律ではありません。

「通常必要と認められる範囲」というのは実費精算ではなく、日当などのように実費と支払額に差が生じる場合の範囲を指します。差が生じることで従業員が儲かる(=所得が生じる)ケースが出てきます。そのため、その差は所得税法9条1項4号により通常必要と認められる範囲に限り非課税としています。

従業員に支払う日当は、実費ではありませんから請求書等がありません。従業員から日当の受領証を受け取ることはあり得ても、従業員からインボイスが交付されることはありません。

こういうロジックにより設けられているのがこの特例です。

少額特例(一定規模以下の事業者に対する事務負担の軽減措置)

基準期間における課税売上高が1億円以下又は特定期間における課税売上高が5千万円以下の事業者が、税込1万円未満の課税仕入については、インボイスの保存を要しない特例があります。

この特例の留意点は下記の3点です。
① 取引先がインボイス発行事業者であるかどうかは関係なく、免税事業者であっても適用を受けられる。
② 税込1万円未満の課税仕入についてインボイスの保存を要しないにすぎず、インボイスの交付が免除されているわけではないので、インボイスを求められた場合は交付する義務がある。
③ 令和5年10月1日から令和11年9月30日までの間に行う課税仕入れが適用対象。
④ インボイスの保存は要しないが、一定の事項を記載した帳簿の保存は必要。

少額特例の適用を受けられる事業者はたくさんいるとは思います。適用対象者は、免税事業者との取引で経過措置と使わなくてもいいことになりますが、免税事業者との取引で税込1万円未満ってどの程度あるのでしょうか。逆に、取扱商品が1万円未満のものが多く、客層がこの特例の適用対象者くらいになりそうな事業者にとっては、免税事業者であることのほうが有利という選択になりそうですが、その可能性は低そうな気がしますね。

留意点

法人税や所得税、ガバナンスとしての問題

帳簿保存義務として、請求書等と帳簿の保存義務が求められるところ、帳簿の保存のみで仕入税額控除の適用が受けられる場合を見てきました。
ここで勘違いしてはいけないのは、帳簿保存義務のみでいい=インボイスの保存は不要ということではないということです。

インボイスの保存が不要というのは、あくまで消費税の仕入税額控除の場面でのことです。法人税法や所得税において、請求書等がなくても支障が無いのか?というと、請求書等がないと当然課税上のリスクは負います。たとえば、とあるインボイスの保存が不要な取引が架空経費と疑われた場合、その取引の実態を証明するには請求書等が必要です。

それ以前に、事業者のガバナンスとして、支出のエビデンスがないというのは大問題です。特に出張旅費などは、従業員からエビデンスが出てこないのに金員の精算をするのかというのは、税法以前の問題だと考えます。

まとめ

消費税法の帳簿保存義務は、請求書等と帳簿の保存が求められています。一部の取引については請求書等の保存を要せず、帳簿の保存のみでもいいとしています。請求書等を保存しなくてもいい理由は、請求書等を交付できない場合が限られており、請求書等があるにもかかわらず特例を使うことによって仕入税額控除の適用が受けられることとはしていません。また、ガバナンスの観点からも帳簿の保存のみで仕入税額控除の適用が受けられるとしても、請求書や支出のためのエビデンスは欠かせません。

免税事業者との取引は経過措置の適用や各種特例の適用など、悩ましいことはたくさんありますが、帳簿保存義務という観点では、原稿においても、インボイス施行後においても変わりはありません。国税庁は税務コーポレートガバナンスという言葉を使うように、記帳代行やその質の向上が求められてきており、税務においてもコーポレートガバナンスに力を入れております。取引先が課税事業者か免税事業者かにかかわらず、インボイスの交付を受けることがない取引については注意して戴ければと思います。

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