私は18歳を経験した


晴れて18歳になった2014年の1月15日にはほとんど特別な感動も無く、酒も煙草も解禁されず、変化といえばDVDで他人の性行為を見てもよくなる事と、ただ自動車免許を取得できるようになるという事だけ。18歳?ニコチンとアルコールはまだまだ危険なのだから家で下半身でもいじっていなさいよとでも言わんばかりに一切の解放感が無い、にも関わらずひとつの節目のように扱われる謎の年齢、しかし確かに我は18歳なのだと立ち上がった、聡明な高校生である私はオトナ、クルマ、オトナと呟きながら自動車学校への入学書類に判を押したのです。

工業高校生だった私は既に就職活動を終え、工業高校生なのに食品会社の営業職の内定をもらった状態で冬休みへ突入、クラスメイトたちが学生最後の冬休みだと様々なイベントを企画する中、私は「内定をもらったとはいえ春から就職して働くわけではないだろう」という完全に破綻した心持ちで、家ではインターネット、外では教習車の運転と、華の学生生活を惜しむ素振りもない、いたってシンプルな往復生活を繰り返していた。

持ち前の頭の悪さと効率の悪さと免許なんて別に欲しくなさが災いし、自動車学校での生活は困難を極めた。学科教習と技能教習という、座学と実習に分かれた2つのプログラムを効率よく消化していくことが重要になるものの、学科教習では「なんでこんなに人が事故る様子を見なきゃいけないんだ」と思うだけ、技能教習では「車はやいーー」と思うだけでロクな成長を見せないままダラダラと進み、仮免試験の当日。教習所内のコースから実際に公道を走る路上教習へと移るための重要な試験、なんだかんだ運転の才能があると自負していた私は意気揚々と試験場に向かい、進入禁止の道路に突っ込んでその場で不合格を言い渡された。

雨が降り始めた。「それはだめだよ」という担当教員のあまりに直球な一言を脳内で何度も反芻しながら、パーカーのフードを被り試験場からトボトボ歩いて帰っていると、急に雨が止んだ。ん?妙だな…と旅人よろしく空を見上げると、そこには傘が差されていて、後ろから「濡れちゃうよ」と女性の声が聞こえた。

彼女は、私のひどい運転とその場で不合格を言い渡された現場を見ていたらしく、初対面の私に「残念だったね」と声をかけてくれる優しい女性であった。振り返る間もなく好きになっていた私は、「ギュリルリルリル」と昆虫ミュータントの声で応答、5分程度の会話を楽しんで解散。帰りのバスの窓から見える田舎の風景はとにかくカラフルで鮮やかで、今までに何となく女性を好きになった覚えはあるものの、ここまでの気持ちになったことはなく、これこそが俗に言われる初恋というやつかもしれないと、6本の足と2本の触覚をジタバタさせて家路についた。

そこからは毎日自動車学校へ行った。もう一度彼女に会いたいという一心で教習の入っていない日もずっとロビーに座り続けている私はとにかく気持ちの悪い存在だという自負はあったものの、18歳の恋愛なんてこんなもんだろ、ハチ公だってそうじゃないかと開き直り、入口から入ってくる人たちを逐一観察した。このまま一生会えなければ、それはそれで良い青春の思い出にもなったかもしれないが、幸か不幸か3日に1度くらいは彼女の姿を視認できてしまい、かといって話しかけることなどできるはずも無く、もはや彼女の姿を見て「いた」と思ってそれで帰るだけの、心優しいオークのような行動パターンで、気持ち悪い、怖いと言われればそれまでだし、事実、私は気持ちが悪いので、それを彼女に知られてしまうのが怖く、結果として一番気持ちの悪い行動をとってしまっていたというワケ。本末転倒よね。

恋に落ちてから2週間が経つも、まだ彼女の名前すら知らなかった。彼女がいつ自動車学校を去ってしまうかもわからないし、「話しかけられたらいいなあ」と思うのをやめ、「次会ったら絶対に話しかける」と決意、爪を切り、頬を叩き、腹を殴って気合を入れ、よし、と家の玄関を出発、そこからもう2週間は話しかけることができなかった。

「いやもうさすがにさ」と自分自身にあきれ果てていた頃、学科教習を受けるため机に座ってプロジェクターって魔法みたいだなと考えていたら、なんと彼女が教室に入ってきて後ろ右斜めに座った。もうこんなチャンスは無い。とはいえ教習は教習として真面目に聞かなければと頑張って集中、こんな状況での時の流れは早いもので、講師が私を指さして「城戸さん、今しかありませんよ」と言い残し45分の教習はすぐに終わった。わかりました。

「試験のときの、一緒だった、覚えてる?」という英文を直訳したような拙い日本語で話しかけた私に対し、無視して警察にでも通報すればいいというのに、彼女は「覚えてるよー」と優しく返答してくれた。またしても5分程度の会話で終了してしまったが、その日を境に見かけたら軽く雑談をする程度の仲になることができ、しかしここで満足するわけにもいかず、あとは告白を残すのみ、彼女はもうすぐ卒業試験を受けるとのことで、もう会えなくなってしまうのは時間の問題だった。

彼女が卒業試験を受ける当日。私も朝から自動車学校へ向かい、これから試験を受ける彼女と遭遇、頑張ってね、の一言で会話を終わらせ、試験が終わるのを待つことにした。今日を逃すともう会うことはできない、彼女が試験に落ちてしまえばまだチャンスは残るかもしれないけど、落ちることを願うのは誠実じゃない、そんな緊張と葛藤の中、スマホで海外ドラマ『リベンジ』を鑑賞しながら彼女を待つことにした。

主人公のアマンダは、父親にテロリストの汚名を着せた人間に復讐を果たすため、エミリーという偽名を使い、避暑地として有名なハンプトンズにやってくる。その目的とは、ハンプトンズの有力者であり、アマンダの父親を陥れる陰謀を企てたグレイソン一家を失脚させることだった。復讐者として冷静に計画を実行する一方、様々な人間の思惑や、真意が明らかになるにつれ、アマンダは自身の復讐心と向き合い、葛藤していくことになるのだが、緊張で内容がほとんど頭に入ってこないまま数時間が経過、卒業書類を手に持った彼女がロビーに戻ってきて、満面の笑みで「受かったー!」と報告してくれ、好きだ殺してくれと叫びそうになりながら一緒に帰りのバスまで歩くことにした。

お祝いにジュース奢るよと格好をつけ、エントランスにある自動販売機の前で立ち止まり、適当にジュースを買い、そのまま勢いで告白をしてしまった。突然すごい勢いで前のめりになった私を見て、うわっゲロを吐かれる!と思ったに違いない。彼女は驚いた様子でしばらく考え込み、「明日の朝またここで会おう、そのときに返事するね」と答えた。わわわわわわわわわわかったと言い残し、私はすぐさま帰宅、その様子を見ていたと思われるまったく知らないカップルがベンチで笑っていた。こんにちは!

今になって思えば、相手のことをまったく考えない、終始独りよがりな片思いで、彼女には悪いことをしてしまったと思う。次の日、「4月から遠くの大学に行くから」と私を振ったあとも、「春休みは一緒に遊ぼう」と言ってくれて、散歩やカラオケに付き合ってくれた彼女は、本当に優しい女性だった。私はただ、そんな相手の優しさにつけこんで、自分が成長したかっただけなのかもしれない。こういった、恋愛とも言わないような若い片思いの話は、キャッチーのようでいて、ある種の不誠実を確かに孕んでいる。思春期の思い出としてだけではなく、ひとつの反省として、これからも抱えていかなければいけないと思います。


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