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走ることについて語るときに僕の語ること

 ついに、ついに歴史的な瞬間が訪れました。シカゴマラソンでケニアのブリジット・コスゲイが2時間14分04秒で優勝。女子マラソンの世界記録が実に16年ぶりに更新されました。ポーラ・ラドクリフの持っていた世界記録(2003年、2時間15分25秒)はその後16分台すらひとりもマークすることのできない孤高の記録で、用具の進化やトレーニングの革命が急速に起こっている陸上界にあって難攻不落であり、最も更新が困難な世界記録のひとつと言われてきました(その間に男子は7回更新されています)。コスゲイは素晴らしい走りでそれを1分以上も一気に上回ってしまいました。

①2時間14分04秒 ブリジット・コスゲイ 2019年10月12日
②2時間15分25秒 ポーラ・ラドクリフ  2003年4月13日
③2時間17分01秒 メアリー・ケイタニー 2017年4月23日
④2時間17分08秒 ルース・チェプンゲティッチ 2019年1月25日
⑤2時間17分18秒 ポーラ・ラドクリフ  2002年10月13日

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 コスゲイのラップを見ると30km過ぎから一度落ちたペースを再び上げて15分台に戻してきており、後半67分05秒はハーフマラソンのアジア記録(福士加代子の67分26秒)より速いです。コスゲイが今年のロンドンマラソンで優勝したときの後半は66分42秒で、「マラソンの後半だけ切り取ったとき」の世界最高記録を叩き出していました。まさに無尽蔵のスタミナです。

 その今年のロンドンマラソン男子の部で優勝(世界歴代3位)したのがエリウド・キプチョゲです。2018年のベルリンマラソンで2時間01分39秒の世界記録を樹立した現在誰もが認める世界最強ランナーです。

 日本が台風で大荒れだった10月12日、キプチョゲはウィーンで人類がいまだかつて超えたことのない壁に挑戦していました。前人未到のフルマラソン1時間台を目指す「1:59チャレンジ」です。石油化学企業INEOSの全面支援のもと41人のペースメーカーがサポートし、風の影響が最小限になるよう前5人後ろ2人のフォーメーションを組みました。世界中の注目を集めるプレッシャーのなか見事に走りきり、1時間59分40秒(非公認)というとんでもない記録を叩き出しました。

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 キプチョゲがこの「1:59プロジェクト」の意義を説明するにあたり、記者会見で何度も言及した名前がロジャー・バニスターです。彼は1954年1マイル(約1609m)レースで史上初めて4分の壁を破った伝説のランナー。1999年にライフ誌が選出した「この1000年で最も功績があった世界の100人」にシェークスピアやアインシュタインらとともに選出され、英国では誰もが知る国民的偉人です。

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 オックスフォード大学の医学部を卒業したばかりのバニスターは、自らが実験台となって1マイル4分の壁を越えようと挑みます。最新の科学的知見を取り入れた筋力トレーニングを行うとともに、専門の精神医学の知識を生かしたメンタルトレーニングに取り組みました。そして1954年5月6日、大勢の市民が見守る中3分59秒04でフィニッシュしました。世界中に衝撃を与えたレースからわずか46日後、ライバルのジョン・ランディが3分58秒00とさらに記録を塗り替えます。ここから1年で20人もの選手が次々と3分台を記録したのです。

 ここからはっきりと分かるのは、人間は集団的無意識のうちに限界を課してしまっており、それを超えられるという心理的状況ができれば一気に壁を超えられるということです。これは彼の名をとってバニスター効果と呼ばれ、メンタルの重要さを説くときによく引き合いに出されます。

 日本で最も知られているバニスター効果は「100m10秒の壁」でしょう。伊東浩司が1998年に記録した10秒00を破る日本人は世紀を超えても長らく現れませんでしたが、2017年に桐生祥秀が9秒98で19年ぶりに日本記録を更新。日本人として初めて「10秒の壁」を破ると、その後サニブラウン、小池祐貴が立て続けに9秒台をマークしました。

 いま最も面白いスポーツである競歩もそうです。50km競歩のかつての日本記録は3時間40分12秒(2009年)でしたが、2018年に初めて「40分台の壁」が破られると、2019年には日本歴代1位、2位、4位が一気に出ました。20km競歩でも今年日本歴代2位、3位、4位がマークされ大きく記録が底上げされました。その結果は競歩界史上初の世界陸上金メダル(20km、50kmの2冠!)という快挙に結実しています。東京五輪も楽しみです。

 キプチョゲが昨年2時間01分39秒の世界記録を出したときは「人類にはしばらく1分台は無理だろう」と言われていましたが、なんと今年37歳のケネニサ・ベケレが2時間01分41秒を記録して2人目の1分台達成者となりました。

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 若い頃一緒にトレーニングしていた婚約者が心臓麻痺で急死したことから「悲しみの皇帝」と呼ばれるベケレ。

 ベケレは2014年に32歳でマラソンに転向した超遅咲きであり、わずか7回目のマラソンで歴代2位を叩き出しました。人類には無限の可能性があることをあらためて実感します。2時間2分台も今年だけで3回記録されており、世界記録が更新されるのも時間の問題です。今回16年の時を経て破られた女子マラソンの世界記録も、このバニスター効果によってどんどん伸びていくことでしょう。記録ラッシュはもう止まりません。ここ数年のマラソン界は史上最も面白い局面を迎えています。

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