2019年下半期の展覧会ベスト10
2019年下半期は158の展覧会に行くことができました。印象に残った展覧会10です。(※行った日付順です)
夢みる力――未来への飛翔 ロシア現代アートの世界(市原湖畔美術館)
今年一番の展覧会はもうこれで決まりです。ずっとずっと待ち焦がれていたロシア現代アート展。以前からロシア宇宙主義に関心があっていろいろ調べていたのですが、アレクサンドル・ポノマリョフやレオニート・チシコフら6人の作家の作品を通じてフョードロフの思想が現代にも息づいていることを確かめることができました。会期中には房総半島を襲った台風の被害を受けて作品が全壊してしまうというアクシデントがありましたが、そこからまた「フョードロフの言う『共同事業の哲学』」の精神でリ・イマジネーションを生み出すということもありました。
市原湖畔美術館に行くのは5年ぶりで5年前にあったバスが消滅していたのですがそれでも3回行きました。歴史に残る貴重な機会だったと思います。鴻野先生ありがとうございました。2020年の横浜トリエンナーレにはアントン・ヴィドクルの参加が決まっているので来年も宇宙主義が楽しめそうです。
キム・ジンヒ「Finger Play」(KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHY)
キム・ジンヒは1985年釜山生まれの写真家。儒教的価値観が残る韓国にあって同世代の女性が抱える隠れた不安や感情的な思い出を写真にして発表しています。外国のフリーマーケットで購入したポストカードに様々な言葉を刺繍する「Letter to Her」シリーズなどいわゆる「ファウンド・フォト」も手がけています。日本では7年ぶりの個展となりました。今回の「Finger Play」シリーズでは韓国で流通する広告や雑誌で表象される女性の「手」のイメージに着目し、手の画像を撮影→プリント→紙の上に刺繍をする→再撮影→プリントという手法をとっています。赤い糸による刺繍が美しく立体とも平面ともつかない不思議な展示でした。
KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHYは2018年に西麻布にオープンした写真専門のギャラリーで、雰囲気がよくていつも楽しませてもらっています。上半期のベストでも岩根愛さんの個展を入れました。また来年もよろしくお願いします。
特別展示「首くくり栲象」(小山登美夫ギャラリー)
首くくり栲象さんは20年以上にわたって自宅の庭で首を吊るパフォーマンスを行い続けたアーティストです。今回の特別展示では宮本隆司による首吊りパフォーマンスの写真、余越保子が撮影したドキュメンタリー映画「Hangman Takuzo」を展示していました。羽永光利についての文章を書いたときから首くくり栲象さんの名前はよく知っていたし昨年亡くなったことも知ってはいたのですが、ちゃんとパフォーマンスについて考察することがなかったので良い機会でした。5日間だけの展示でしたが行けてよかったです。著名人もちらほら来ていました。
宮島達男「Counting」(AKIO NAGASAWA GALLERY GINZA)
昔知り合ったドイツ人に「知ってる日本人いる?」と聞いたら「宮島達男」と返されたことがあるのですが、宮島達男といえばLEDのデジタル数字がチカチカとカウントされる作品でおなじみで、逆に言うとそれ以外の作品をほとんど見たことがありません。この展覧会では違った宮島達男を見ることができました。
画像の作品「Counter Voice in Milk」は2020年に閉館する原美術館の中庭で本人が行ったパフォーマンスの記録映像です。「9」から「1」までカウントし「0」で牛乳に顔を突っ込むという行為を延々と繰り返すもので、1996年から継続的に取り組み続けているプロジェクトだそうです。知らなかった。他にも壁にドリルで穴を開けて数字を描いたり、皮膚の色が違う男女6人にボディペイントをして数字を描いたりと、やはり徹底的に数字にこだわっていました。
木村友紀 「Reception」(タカ・イシイギャラリー 東京)
以前MoMAに行ったときに「New Photography 2015」という世界の新進写真家を紹介するアニュアルな展示をやっていたのですが、そこで日本人として19年ぶりに抜擢されたのが木村友紀さんと志賀理江子さんでした。そのときは木村さんの名前を存じ上げなかったのですが、初めて見て以来ずっと心に残っているアーティストです。2020年春の第12回恵比寿映像祭にも参加が決まっています。
今回見たのは写真ではなくインスタレーションの新作5点。タカ・イシイギャラリーのL字型のスペース、黒いモルタルの床、なぜかガラスの外に置いてある巨大な鉢植え、そういった空間を丸ごと利用して作品と環境の相互関係を形成しています。彼女の作品は時間と空間を飛び越えてイメージを出現させるところに面白さがあります。
日日是アート ニューヨーク、依田家の50年展(三鷹市美術ギャラリー)
まったく違う画風の画家としてそれぞれ活躍する依田寿久、依田順子夫妻、そして息子の依田洋一朗。今でもNYの倉庫のように広いワンルームで共同生活を送る3人が、海を渡ってNYに居場所を確保してから現在に至るまでの50年を追った意欲的な展覧会です。ベトナム戦争反対デモに巻き込まれながらアメリカを目指した20代から、現代アートのさまざまな洗礼を受けつつも徐々に自分自身の作風を獲得していく様子がエキサイティングでした。依田夫妻を頼ってNYの自宅を訪れた日本人アーティストの一覧もありましたがその交友歴がそのまま日本戦後アートの歴史となっているくらい豪華です。
NYの依田家の雑多なアトリエをそのまま再現したスペースが中にあるのですが、輸送の際にいろいろ大変だったと担当学芸員さんが話していました。なかなか来場者数も多かったようで苦労が報われたのではないかと思います。三鷹市美術ギャラリーはいつも市立とは思えないクオリティの展覧会をやってくれます。
スタシス・エイドリゲヴィチウス:イメージ——記憶の表象(武蔵野美術大学 美術館・図書館)
ムサビは遠いのでなかなか行けないのですがこれは行って本当によかった! 素晴らしすぎました。リトアニア出身でポーランドを代表するシュルレアリスティックなアーティスト、スタシス・エイドリゲヴィチウスの個展です。人間の「顔」をモチーフに空想の世界や見たことのない情景を描き出し、不安を掻き立てるとともに不思議なインスピレーションが湧いてきます。
絵画、版画、挿絵、彫刻、写真、舞台など、彼が活動したジャンルが余すことなく展示されていたのも大満足でした。777点も出品されいて1日中飽きずに眺めていました。最高でした。そしてこんな絵本も日本語で出ているんですね。ちょっと怖いですけどこれを訳して出版しようと思ったのは本当にすごい。
ワン・ビン(Take Ninagawa)
2019年の山形国際ドキュメンタリー映画祭でワン・ビン監督の『死霊魂』が大賞と観客賞をW受賞しました。彼の映画はとにかく長いことで知られ、『死霊魂』は8時間もあって山形に行っている人たちの間で「ワンビンマラソン」なんて言われて水分や食糧補給を注意し合うような感じになっていました。
いやいや、実はもっと長い作品が上映されていたんです。六本木のTake Ninagawaギャラリーで国内初上映された「15Hours」は、その名の通り上映時間15時間。2017年のドクメンタ14で発表されたこの作品の主人公は中国の縫製工場で働く30万人にも及ぶ移民労働者たち。彼らの毎日の労働をカメラは淡々と捉えていきます。私は3時間しか(しか?)いなかったのですが現実と映像が一体となるような特別な体験になりました。
エミリー・メイ・スミス「Avalon」(ペロタン東京)
NYを舞台に社会的アートを展開するエミリー・メイ・スミスの日本初個展です。ペロタンが東京に進出してから2年ですが毎度素晴らしいアーティストを紹介してくれて感謝感激です。このほうきが擬人化されたポップな感じ、なんだか惹きつけられるものがあります。
こちらのインタビューがとてもおもしろくていろいろな人に勧めていたのですが、なぜほうきなのか、なぜディズニーみたいな絵なのかといったところから、フェミニズムと社会運動、リーマン・ショックが現代アートに与えた影響など、社会と個人の接続について多くのことを語ってくれています。
MAMプロジェクト027:タラ・マダニ(森美術館)
森美術館は広いのでいつも見終わるとクタクタになってしまい、最後のMAMプロジェクトにたどり着く頃には疲れ果てているのですが、なんとなく逆に回ってみようと思ってMAMプロジェクトから見始めたところあまりに圧倒的すぎて「世界にはこんなアーティストがいるんだ!」とそのまま2時間見続けてしまいました。それがこのタラ・マダニです。
彼女はテヘランで生まれ13歳のとき米国に移住しLAで活動するイラン系アメリカ人です。彼女の作品にはよく全裸中年男性が登場しますが、マスキュリニティの幼稚さ、暴力性、権力規範のあり方などがシニカルに描写されています。奥の部屋に映像作品がありますが10本以上あってどれも圧巻です。これはすごい。やられました。2020年3月までやっているのでぜひ見に行ってみてください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?