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ノーベル文学賞と映画と祖国について① オルガ・トカルチュク

 ノーベル文学賞受賞者が発表されたニュースを見ながらおおっとなりました。その日の朝たまたまオルガ・トカルチュクが原作の映画を再見していたからです。こんなことってあるんですね。タイトルは『ポコット 動物たちの復讐』。ポーランド映画界の巨匠アニエスカ・ホランドと娘のカシャ・アダミックが監督し、2017年のベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞しました。

 非常勤の英語教師として働く動物好きの老年女性が、自身の住む街で起こる連続殺人の真相を追っていくというストーリー。ドローンも駆使した山の動物たちの美しい描写に、人間と動物の歪んだ関係、女性蔑視の風土、老年者の恋愛など、奇妙な語り口で重層的に進んでいく物語です。

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 『ポコット 動物たちの復讐』の初見は2018年のポーランド映画祭で、トカチュルク作品の翻訳者である小椋彩さんのトーク付きでした。ポーランドは素晴らしい映画監督を数多く輩出している映画大国ですが、そのすごさは特定の年代に才能が偏ることがないこと。ウッチ大学を始めとして伝統的な教育システムが確立しており、世界中から留学生が映画を学びにポーランドを目指します(私の友人も留学中です)。今年もポーランド映画祭が行われることが発表されました。旧作だと『イーダ』や『COLD WAR』も上映されます。

 ちょうどその前日も同じくアニエスカ・ホランドのアカデミー賞ノミネート作『ヨーロッパ・ヨーロッパ』を観ていました。ユダヤ人の少年ソロモンはナチスの迫害を逃れるためにポーランドへ行き、そこでも一家に迫害の手が迫り、自分だけ命が助かります。さまざまな偶然からソ連の孤児院で育てられることになり、ロシア語と共産主義教育を受けて育ちます。独ソ戦でドイツ軍に保護されたソロモンは名前をヨゼフと偽り、今度は生き伸びるためにドイツ軍に献身的に尽くします。下半身に残る「ユダヤ式割礼」の跡さえ見つからなければ彼の素性を疑う人はいません。彼は順調に功績を上げ、ついにはヒトラー・ユーゲントに所属する名誉を与えられることになります。

 ユダヤ人が出自を隠しながらヒトラー・ユーゲントに所属していたという驚くべきストーリーですが、映画の最後には主人公のモデルとなった老人が口笛を吹きながら夕暮れの道を歩いており、実話であったことが明かされます。

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共演はカラックスの『汚れた血』に出て注目されたばかりの若きジュリー・デルピー。

 ネオナチの27歳が東ドイツのシナゴーグを襲撃したというニュースが飛び込んできたのはこの映画を観終わった直後でした。男はTwitchで襲撃の様子をライブ配信し、反ユダヤ主義やミソジニー的な発言を繰り返しながら車でシナゴーグへ向かい、2人を殺害して逮捕されました。今年3月にクライストチャーチで起こったモスク銃撃事件を模倣したとみられています。

 この日はユダヤ教で一年のうち最も神聖とされる贖罪の日「ヨムキプール」の期間中でした。ヨムキプールといえば、イスラエルがヨムキプールで経済が動いていないところを狙ってエジプトやシリアが奇襲攻撃を仕掛けた第四次中東戦争(通称ヨムキプール戦争)を想起せずにはいられません。ユダヤ人差別はヨーロッパを覆い続ける暗い影のひとつであり、その根深さは今に至っても変わっていません。



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