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ロシア宇宙主義について(1) e-fluxとは何か

 もうすぐ情報が出ると思いますが、美術手帖の最新号(2019年10月号)はロシア宇宙主義特集になります。

 現在10本ほどの記事企画が並行して走っており、私も少しだけ関わっています。一般向けの書籍でロシア宇宙主義がここまで詳しく取り上げられるのは初めての試みで期待が高まります。美術手帖がロシアを特集するのはまだソ連だった1988年2月号「ロシア・アヴァンギャルド:マヤコフスキー/ロドチェンコ/エイゼンシュテイン」以来ですが、これは1920年代前後の話なので、同時代のアートが取り上げられること自体非常に珍しいことです。

 ロシア宇宙主義は2010年代後半から評論家のボリス・グロイスとアーティストのアントン・ヴィドクルの活動によって不死鳥のように脚光を浴びており、日本においても2017年の両名の来日で関心が高まりました。そしてその成果は現在市原湖畔美術館で開催中の「夢みる力――未来への飛翔 ロシア現代アートの世界」展に結実しています。

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「夢みる力――未来への飛翔 ロシア現代アートの世界」展
2019年8月4日(日)~10月27日(日)
市原湖畔美術館
〒290-0554 千葉県市原市不入 75-1
http://lsm-ichihara.jp/exhibition/russia
日本におけるロシア宇宙主義の受容については上記の工藤くんによる文章に簡潔にまとまっています。
”2017年、われわれ(誰)は紛れもない「ロシア宇宙主義」イヤーを目撃しました。疑いもなく、いま全世界規模でロシア宇宙主義がキています。”

 ロシア宇宙主義とはなんぞやという話は中途半端な知識しかないので深入りすることはしませんが、自分なりに興味関心を持っていることについて書いてみたいと思います。

 こちらは「ロシア現代アートの世界」展の冒頭にある「展覧会の背景2:ロシア文化における宇宙」というキャプションボードです。

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 よくこんな簡潔な文章でうまいことまとめられるなあと感心して思わず撮ったのですが、最後の段落にこうあります。

「また、現代美術を牽引するプラットフォーム『e-flux』の創始者アントン・ヴィドクル(1965年生)らによって、近年においてもロシア宇宙主義の再評価が進んでいます。」

 このe-fluxって何? そして宇宙主義とどんな関わりがあるのでしょうか?

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 e-fluxはモスクワ生まれNY在住のアーティスト、アントン・ヴィドクルが1998年に始めた出版プラットフォーム、アーカイブ、アートプロジェクト、オンライン情報サービス……です。その主要な活動は一言で言えば「アートのメーリングリスト」です。誰でも無料で登録でき、平均1日4通の告知を毎日メールで送り、国境を超えて何万といる登録者に世界中の展覧会、イベント、パフォーマンス、求人などの情報を提供しています。

 これだけだと単なるプレスリリースを流すメーリングリストですが、1998年というWeb黎明期から継続的に運営されていること、世界規模の情報網であること、配布されたすべての情報が永続的にアーカイブされること、その情報を公共のアートセンターや美術館などに提供していること、といったところに価値を見出すことができます。

 また2001年からはオンライン出版、Web上での作品展示という試みも行います。その代表がプロジェクト「DO IT」です。DO ITはキュレーターのハンス・ウルリッヒ・オブリストがクリスチャン・ボルタンスキーとベルトラン・ラヴィエとの会話をきっかけに思いついたプロジェクト。アーティストが指示書を書き、それを読んだ人がそれを自分なりに解釈し、自分のいる場所(部屋、街、国)で手に入れられるものを使い、自由に行動することで作品を制作します。そのためひとつの指示書から作られる作品はいくつも存在し、その中にはひとつとして同じものはありません。このプロジェクトがWebと相性がいいことにいち早く気付き、DO ITをオンライン上でアーカイブしていったのがe-fluxでした。

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 2004年からはアーティストのフリエル・アランダ(1975-)とともにマンハッタンのイーストロウワーサイドにパブリックスペースを開き、ギャラリー活動にも乗り出します。2011年には拠点を拡大し、NYにイベントスペース、図書館、無料の展示スペース、e-fluxのオフィスが併設されることになりました。それらの資金はクライアントから料金を徴収することによって運営されています。

 ヴィドクルが着目したのは①情報の資本主義性です。個々の情報は小さい価値しか持たなくともそれが集積され分類されると情報は金銭に変えることが可能であり、また情報は個々のコミュニケーションの場面に応じて絶えず形を変えていきます。

 そして②アートとは情報そのものだということです。アートはある面において自己反映的であり、自らの情報性を掘り下げることでさらに情報の姿が変化していく。アートの情報をアーカイブするという行為自体がフラクタル的にアートの形をとっていることに気づいたのです。(まあでも今「アートは情報です」と言われたところで「ふーん、まあそうだよね」となると思いますが……)

 今回は紹介しかできませんでしたが、次回はe-fluxについてもうちょっと違った角度からみていきます。


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