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アカデミー賞のあの部門を真剣に予想する世界初の記事を書きました

 そろそろ今年のアカデミー賞ノミネート予想も出揃ってきました。日本の映画ファンがみんな必ず経験するのは「アカデミー賞授賞式までにノミネート作品が観られない!」ということです。配給の都合などいろいろあると思いますが、本当なら事前にすべての作品を観た上で自分で予想してみたいところですよね。ところがアカデミー賞でたったひとつだけ日本にいても「必ずすべてのノミネート作品を事前に観ることができる」部門があるんです。

 そう、アカデミー短編実写映画賞(Academy Award for Best Live Action Short Film)です。なんだそりゃという感じかもしれませんが、US iTunesで「ノミネート作品5本パック」が全世界に配信されます。私はアカデミー賞前日の夜にこの5本を観て「どれが取るかな」と予想するのが毎年恒例になっています。

 短編と侮ることなかれ、この賞からは後の映画界を支えるスターを何人も輩出しています。もっとも出世したのは『マイティ・ソー バトルロイヤル』『ジョジョ・ラビット』のタイカ・ワイティティ監督でしょう。演劇出身の彼は短編映画から映画界に入り、2004年「Two Cars, One Night」がアカデミー賞にノミネートされたことでブレイクします(授賞式で居眠りしていたことでも話題に)。同じく演劇界で長く活躍してきたマーティン・マクドナーは初監督短編映画『シックス・シューター』で同賞を受賞し、その後長編3本目で傑作『スリー・ビルボード』を撮ることになります。

 ドイツのフローリアン・ガレンベルガー、イギリスのアンドレア・アーノルドもこの賞をきっかけに長編映画に羽ばたいて活躍しています。アンドレア・アーノルド最高!

 海外では長編映画を作る前に同じ題材の短編をプロトタイプとして資金獲得の足がかりとすることがよくあります。かつてジャズドラマーを目指していたある学生は自分の実体験を基にした脚本を映画化するためにハリウッドに移住しましたが、なかなか出資者が見つかりません。そこで脚本の6分の1だけを抽出した短編を作って映画祭に応募し、そこで得た資金で長編映画化したのが『セッション』でした。

 というわけで今年の短編実写映画賞ノミネート作品を予想してみようと思ったのですが、ありとあらゆる映画サイトを検索してみてもこの賞の予想だけは一つもありませんでした。もしかしたら今年度この賞を予想している記事は世界初かもしれません(というか多分そうです)。というわけで真剣に当てに行きます。

1.Cadoul de Craciun(ルーマニア)

 1989年12月16日、ルーマニア西部の都市ティミショアラで大規模デモが発生。治安警察(セクリターテ)がデモ隊に発砲し多数の死傷者が出ます。この「血の弾圧」をきっかけに12月21日ブカレストの党集会で爆発事件が起き、ルーマニア全土を巻き込むルーマニア革命が勃発します。そして数日後の12月25日、クリスマスの夜にチャウシェスクは銃殺され、30年に及ぶ独裁政権は10日足らずで崩壊することになります。

 この映画の舞台はそんな革命前夜、1989年12月20日のティミショアラです。35歳の電気技師ゲルは幼い息子のマリウスがサンタさんにお願い状を郵送したことを知り、何を望んでいるか知ろうとそれとなく手を尽くします。テレビからは「ニックおじさん」ことチャウシェスクの国威発揚のスピーチがいつものように流れてきます。彼らは翌日ルーマニア革命が勃発し数日後のクリスマスにニックおじさんが処刑されることなど知らないまま、家族の夜は静かに過ぎていきます。

 ベルリン短編映画祭で二等を受賞し、その後世界30以上の映画祭で上映され絶賛されました。ルーマニア版アカデミー賞と言われるGopo賞で最優秀短編実写映画賞に選出されています。ルーマニア映画好きなので注目しています。

The Christmas Gift  / Cadoul de Craciun 
監督 Bogdan Muresanu
ルーマニア、20分
クレルモン・フェラン短編映画祭 グランプリ
Gopo賞 最優秀短編映画賞
ヨーロッパ映画賞 最優秀欧州短編映画賞
ブエウ国際短編映画祭 最優秀賞、脚本賞

2.Les Petites Mains(フランス)

 閉鎖の危機を迎えた化学工場。経営者には1歳半になるレオという小さな息子がいます。工場では閉鎖に反対する従業員たちが激しく抵抗しており、中でも最も過激なブリュノはレオを誘拐するという暴挙に出ます。経済格差や移民の流入といったフランスを覆う問題を子供の目を通して描き、音楽や撮影とあいまって映画のマジックを体現しています。

 テッサロニキ国際短編映画祭でワールドプレミア上映され、今年度セザール賞の最優秀短編映画賞を受賞しました。監督のRémi Allierは現在初長編に取り組んでいるとのこと。現在セザール賞受賞を記念して全編公開中です(期間限定かも)。日本語字幕もついているので結末を是非その目で確かめてみてください(右下のCCから選択できます)。

Little Hands / Les Petites Mains
監督 Rémi Allier
フランス、15分
セザール賞 最優秀短編映画賞
テルライド映画祭 短編映画部門ノミネート
ブリュッセル短編映画祭 スペシャル・メンション
テッサロニキ国際短編映画祭 グランプリ

3.Miller & Son(アメリカ)

 アメリカからはこの作品「Miller & Son」を推します。主人公ライアン・ミラーは日中は家業の自動車店で働く整備士。その仕事ぶりは優秀で父の誇りですが、夜になると女性らしい装いに着替えて街へと繰り出します。日々の具体的なシチュエーションを積み上げて内面の葛藤を描いていく手法は見事で、主演のジェシー・ジェームス・カイテルの演技も目を見張るものがあります。監督・脚本のアッシャー・ジェリンスキーは「ジェンダー・アイデンティティそのものは映画の対立要素ではなく、人間誰しもが抱える生活の中の別の側面を探求したい」と語っています。

 ジェリンスキーはAFIのフィルムスクールに在籍しており、学生アカデミー賞というアカデミー賞と同じ団体が運営する由緒ある賞で国内ナラティブ部門最優秀賞を受賞しました。その他にもBAFTA学生賞、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルなどで最優秀賞を総なめにしており、賞レースという意味では最も強いかもしれません。

 監督本人のVimeoアカウントで全編アップロードされています。こちらからどうぞ。

Miller & Son
監督 Asher Jelinsky
アメリカ、21分
学生アカデミー賞 国内短編ナラティブ部門グランプリ
BAFTA/LA学生映画賞 最優秀短編実写映画賞
カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル ヤング監督賞
クレルモン・フェラン短編映画祭 コンペティション部門ノミネート
セントルイス国際映画祭 最優秀短編実写映画賞

4. Ikhwène(カナダ)

 モハメドはチュニジアの田舎町に妻と暮らす保守的な信仰を持つ羊飼い。ある日彼らのもとに長い間家を離れていた長男マリクが帰ってきます。マリクはISISに参加するためにシリアに向かったのですが、シリア人の妻を作って帰ってきたのです。物語は父と息子の3日間にわたる緊張感のある対立関係を軸に展開されていきます。Ikhwène(Brotherhood)というタイトルは家族的な意味合いと「ムスリム同胞団」のアラビア語名のダブルミーニング。日本でも今年10月のショートショート フィルムフェスティバル&アジアで「兄弟愛」の邦題で上映されました。

 監督のMeryam Joobeurはチュニジア系アメリカ人女性で、モントリオールの映画学校を出たあと自身のルーツであるチュニジアを舞台にした映画製作に取り組んでいます。シリアでISISの戦闘に参加したチュニジア人(外国人部隊として最多)について調査したところ、男性も女性も上流階級の子息も貧しい人もいて、ステレオタイプに語れない複雑さに気づいたことが本作の出発点になっています。この短編の成功をもとにより深く物語を掘り下げる長編製作の資金を得ようとしているところです。リスペクトする監督はイ・チャンドンとルカ・グァダニーノとのこと。

Brotherhood / Ikhwène
監督 Meryam Joobeur
カナダ、チュニジア、カタール、スウェーデン 25分
クレルモン・フェラン短編映画祭 審査員特別賞
トロント国際映画祭 最優秀カナディアン短編映画賞
ヴィンタートゥール国際短編映画祭 観客賞
サンダンス映画祭 短編映画部門ノミネート

5.Nefta Football Club(フランス)

 全編ユーモアとペーソスに満ちたコメディ映画。こういう映画大好きです。アルジェリアとチュニジアの国境付近の砂漠地帯でオートバイに乗った2人の少年は赤いヘッドホンをつけたはぐれロバに遭遇します。2人はロバの背に積まれた白い粉の入った袋を持っていこうとしますが……。インタビューを読んだところこの不思議なシチュエーションはほぼ監督の実話から生まれたイマジネーションだそうです。世界最大級の短編映画祭であるクレルモン・フェラン短編映画祭で観客賞を受賞、その他20以上の映画賞で受賞しています。

 監督のYves Piatは現在イェルサレムを舞台にした初長編映画を製作中です。「和平協定調印の数日前にイスラエルの外交官が子羊を食べながら窒息死した。不審に思った法医学者が調べると子羊はパレスチナから来たものだった。アメリカ大使を巻き込んだ和平協定を巡るポリティカルコメディ」とのこと。面白そう。

Nefta Football Club
監督 Yves Piat
フランス、チュニジア、アルジェリア 17分
クレルモン・フェラン短編映画祭 観客賞
ボルドー欧州短編映画祭 学生審査員賞
ボスポラス映画祭 最優秀短編映画賞
フロリダ映画祭 最優秀短編ナラティブ映画賞
モンペリエ地中海映画祭 短編部門観客賞

 というわけで今年度のアカデミー短編実写映画賞の予想はこうなりました。上に貼ったように5本中4本は全編オンラインで公開されており、全部観ても80分くらいです。

ノミネート予想
Cadoul de Craciun(ルーマニア)
Les Petites Mains(フランス)
Miller & Son(アメリカ)
Ikhwène(カナダ) 
Nefta Football Club(フランス) 

 ちなみに最近のノミネート作だと2016年「Mindenki」と2017年「DeKalb Elementary」が面白かったです。「Mindenki」のハンガリーのKristóf Deák監督は最近初長編映画の製作が決まったというニュースが入ってきました。よかった。


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