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都会では自殺する若者が増えている

 1950年代は彼の年でした。姉の影響で洋楽を聞いて育った少年は、歌が抜群にうまく近所の婦人会や町内会から引っ張りだこで、筑豊の天才少年と呼ばれていたからです。

 1960年代は彼の年でした。歯学部受験に3度失敗し「東京の大学を目指す」と嘘をついてギター1本を手に上京。浪人時代の悪友を総動員して自分の曲をラジオにリクエストさせ、「アンドレ・カンドレ」の芸名でデビューを勝ち取ったからです。

 1970年代は彼の年でした。日本の音楽史上初のLP販売100万枚という金字塔を打ち立て、1975年の年間アルバム売上ランキングでは1位・2位を独占した上に15位以内に6枚もランクイン。名実ともに日本を代表するアーティストになったからです。

 1980年代は彼の年でした。自身初の日本レコード大賞アルバム大賞を受賞し、地上波で全国中継された神宮球場ライブは6万人を動員。プロデュース作品も好調で毎年のようにミリオンセラーを連発したからです。

 1990年代は彼の年でした。それまでの自身のイメージを覆すポップな曲を多数発表してロングセラーを記録し、デビュー30周年を記念した2枚組ベストアルバムの売上は200万枚を超えたからです。

 2000年代は彼の年でした。精力的に全国ツアーを開催し、自身の楽曲にジャズやボサノバの要素を取り入れたセルフカバーアルバムを発表するなど、衰えを知らずに新境地を開拓し続けていったからです。

 2010年代は彼の年でした。九州の偉人枠として天草四郎や西郷隆盛と同じ並びで九州新幹線開業CMに出演し(?)、そして2019年、宇多田ヒカル、椎名林檎、福山雅治など彼を慕うアーティストによるトリビュートアルバムが発売されたからです。

1.ヨルシカ 「Make-up Shadow」
2.槇原敬之 「夢の中へ」
3.King Gnu 「飾りじゃないのよ 涙は」
4.椎名林檎 「ワインレッドの心」
5.宇多田ヒカル 「少年時代」
6.ウルフルズ 「女神」
7.田島貴男 (ORIGINAL LOVE) 「クレイジーラブ」
8.福山雅治 「リバーサイド ホテル」
9.細野晴臣 「Pi Po Pa (Reiwa mix)」
10.iri 「東へ西へ」
11.SIX LOUNGE 「Just Fit」
12.斉藤和義 「カナリア」
13.オルケスタ・デ・ラ・ルス 「ダンスはうまく踊れない」
14.ACIDMAN 「傘がない」
15.KREVA 「最後のニュース」

 いやーなんとも豪華な面々ですね。ACIDMANはいつものように宇宙を感じさせて最高だし、椎名林檎のアコーディオンアレンジはよく練られています。宇多田ヒカルは20歳の誕生日イベント「20代はイケイケ!」(2003年)でカバーして以来の関係ですが、……え、2003年か……。槇原敬之が「夢の中へ」を選んでいるのは意味深ですね。2人とも夢の中へ行ってみたいと思って実際に逮捕されてますからね。いやそんな話はいいんですよ。

 ちなみに事前に曲名15曲とアーティスト15組が発表されて「誰がどの曲をカバーするでしょう」というマッチングクイズが実施され、組み合わせは15!=約1兆3000億通りなのでそうそう当たるはずがないのですが、応募総数5000通のうち正解者が1人いたそうです。すごい。

 そういえば1月にこの画像に「いやみんなもう十分流行ってるやんけ!」とツッコんだところから始まった2019年でしたが、このツイートの翌日に「白日」のリリースを発表し、予想を遥かに超えて完全にブレイクした1年になりました。

常田「それこそ井上陽水とかスゲーかっこいい。何気ないことをセンス良く言葉にしてる。ただそれだけ…それだけでいいかなって…と思っているものの、今、別に売れてないから、それじゃいけないのかもしれない(笑)」
http://kansai.pia.co.jp/interview/music/2017-11/KingGnu.html

 これはまだ今ほど売れていなかった2年前のインタビューですが、昔から常田さんは常々井上陽水の影響を公言しています。たとえば「Slumberland」の歌詞は「傘がない」を翻案して書かれました。

TVステーションでは今日も騒ぎ立てているコメンテーター
耳障りで狂言めいた遠い世界の話ばかりだな
King Gnu /「Slumberland」
テレビでは我が国の将来の問題を
誰かが深刻な顔をしてしゃべってる
井上陽水/「傘がない」
常田「井上陽水の“傘がない”っていう曲があるじゃないですか。あの曲に似た質感で書いたつもりです」
https://www.cinra.net/interview/201901-kinggnu

 この世代で陽水好きな人は親の影響で子供の頃から聞いていた人と大学くらいで出会って衝撃を受けた人の2パターンいると思います。常田さんは後者で、大学時代フジロックでRadiohead待ちのときに偶然聞いてそこから狂ったように聞き出したそうです。私の友人もこの場にいたのですが、「誰?」「漫談でもするんじゃないの」(?)などと言っていた観客を1曲目の「傘がない」で完全に黙らせて圧巻だったと言っていました。そしてこのわずか5年後に彼ら自身がフジロックのステージに立つことになり、さらには陽水が「恥ずかしいから」と断り続けて1回も出場していない紅白歌合戦にももうすぐ出場することになります。

 井上陽水の最大の魅力は髪型ですが、もうひとつの魅力はその歌詞です。彼のキャリアは1990年あたりを境に前期/後期に分けられると思っているのですが、前期の代表曲「氷の世界」の歌詞を見てみましょう。

誰か傷つけたいな
人を傷つけたいな
だけどできない理由は
やっぱりただ自分が恐いだけなんだな
(「氷の世界」)

 これは1970年代当時の若者が抱えている破壊衝動を描写した、時代を切り取った歌詞の好例だと再三引用されるのですが、当の本人はこう語っています。

 「これは若者の破壊願望を表現していますね? そうでしょ?井上さん!?」とか言われるんですけど、どうしてそんな詞書いたんだっけかなって。
 人が誰でも持っている潜在的な気持ち……え!? そうなの?ってビックリしちゃってね。「皆、そんな風に思ってるんだ~怖いなぁ」って(笑)。
 なんだか分からないけど、若かったし、締切に追われてたのかなぁ。
https://www.oricon.co.jp/special/1153/4/

 締切に追われていたらしいです。

 彼の歌詞はわずかな言葉で情景を切り取って一瞬でその背後にある世界を想像させてしまうところに凄みがあります。たとえば……

誰よりも幸せな人
訳もなく悲しみの人
長い坂の絵のフレーム
(「長い坂の絵のフレーム」)

 夕暮れの住宅地、帰宅する人や買い物する人が交差する街並みで、誰かは幸せで誰かはとても悲しんでいるけれど世界はそんなことお構いなしに回っている、そんな情景が鮮やかに目に浮かびます。

娘には父親が5人もいたが
父親の会社には守衛もいない
(「娘がねじれる時」)

 これも好きな曲ですが、たった二言で世界観を呈示し一気に歌詞の世界に引き込みます。これも1970年代の社会状況を感じさせますが本人は否定しそう。

ホテルはリバーサイド
川沿いリバーサイド
(「リバーサイド ホテル」)

 究極はこれです。ホテルが川沿いにあるとしか言っていないのに「なるほど……ホテルはリバーサイド……」と妖しげな雰囲気に納得してしまいます。

 彼の歌詞は断片的な言葉の連想で想像させるものが多く、ストーリー性のあるような詞は意外と少ないのですが、そんな中にも味のある曲もあります。これ23歳で書いた歌詞ですよ23歳。

父は今年二月で六十五
顔のシワはふえてゆくばかり
仕事に追われこのごろやっとゆとりが出来た
父の湯飲み茶碗は欠けている
それにお茶を入れて飲んでいる
湯飲みに写る自分の顔をじっと見ている
人生が二度あれば
この人生が二度あれば
(「人生が二度あれば」)

 後期の代表曲として挙げられるのはやはりこの曲でしょう。

夏が過ぎ 風あざみ
(「少年時代」)

 謎の言葉「風あざみ」。今年ロバート・キャンベルが歌詞の英訳集を出しましたが、「風あざみ」を訳すのに困って本人に相談したら「警察が来るわけじゃないしなんでもいいじゃないですか」と言われたらしいです。

 もともとこの曲は母校に捧げる歌を作ろうということで1日で作った曲です。ちょうど同時期に藤子不二雄Aから「今度『少年時代』という映画を作るからこの詞に曲つけてよ」と詞をもらっていたのですが、「今できた曲少年時代っぽいからそのまま転用すればいいじゃん」ということで藤子不二雄Aの詞を全無視してこの曲が「少年時代」というタイトルになりました。

 彼の世間的に知られたヒット曲はほとんどマイナーコードでしたが、後期陽水はこの曲のようなメジャーコードが増えていきます。「少年時代」の共作者の平井夏美さんは「あの人にはネガティブではなくてポジティブな部分がたくさんある。それを引き出すのが僕の仕事です」と語っています。

 12月27日(金)NHKで「陽水と時代~5人が語る井上陽水の50年~」放映! 見なきゃ!

 そして2020年代は……

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