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『ジョーカー』ネタバレあり感想②:この映画に関する5つの説

 『ジョーカー』を見終わってラストシーンの意味に釈然としない人も多かったのではないでしょうか。私も見終わってすぐに英語の脚本を最初から最後まで読み、ありとあらゆる考察サイトを読んでいくつかの可能性を考えましたが、結局どれが正しいのかは確信を持てません。つまりここから下を読んでも何も得ることはできません。

 印象的なクライマックスのダンスシーンが終わり、場面は一転して精神病院の無機質な空間に移ります。そこにはソーシャルワーカーの黒人女性がいます。彼女は前半で出てきた女性によく似ていますが同一人物であるかはわかりません。その後廊下を歩くジョーカーの靴は血で濡れており、女性を殺して出てきたことが示唆されます。そしてあっちへドタバタこっちへドタバタの逃走劇で映画は終わります。

 物語の構造として「信頼できない語り手」(Unreliable narrator)という言葉があります。小説や映画で物語を進めるための古くからある手法で、語り手の信頼性を著しく低くすることで読者をミスリードさせながら話を展開していく仕掛けのことです。黒澤明の『羅生門』やカズオ・イシグロの『日の名残り』など例を挙げればキリがないですし、皆さんもいくつもの作品が思い浮かぶでしょうが、「精神を病んで妄想と現実の区別がつかない語り手」というのは典型的なスタイルのひとつです。言うまでもなく本作はこれにあたります。

 隣人女性とのデートがすべて妄想であったことが明かされるシーン、私は一見過剰に感じました。「たしか……アーサーよね?」というセリフひとつで済むはずなのに、ご丁寧にフラッシュバックを挟んで妄想であることを念押ししているからです。この場面の意味は観客に向けてのこのような宣言であると考えれば納得できます。「ここから後はもうどれが現実でどれが妄想か言わないから自分で考えろよ」と。

①ただ単に逮捕されたあと精神病院に入れられた説
 最も素直に捉えればこうなります。パトカーから救出されたアーサーは結局また逮捕され、犯罪者として精神病院に入れられているということです。

 ここで重要なセリフがあるので書き起こしてみます。
ジョーカー「(笑う)」
女性「What is so funny?」
ジョーカー「Just thinking of this joke.」
女性「Do you want to tell it to me?」

 この「What is so funny?」は非常に奇妙なセリフです。なぜなら彼女は普通に考えればアーサーが笑い出す病気(トゥレット症候群)であることを知っているので、急に笑い出したとしても「何がおかしいの?」という会話にはならないはずだからです。ここから別の仮説が浮かびます。

②精神病院のシーンのみ過去説
 ラストシーンのみ時系列的に最も前に来るということです。前半のソーシャルワーカーとの面会の場面で「あなたは昔病院に入っていた」というセリフがあることが大きな根拠になります。ただこれだとアーサーはジョーカーになるだいぶ前に人を殺していることになってしっくりきませんが、これに対しては「靴が血で濡れているのは妄想で、実際は普通に退院したんだ」という説もあります。同じソーシャルワーカーが退院後も継続して担当しているということになり、整合性がとれているように見えなくもありません。

 上記の考察にも反論があります。前半でソーシャルワーカーと「コメディアンになりたいんだ」「あらそうなの、初耳だわ」というやり取りがあります。これはソーシャルワーカーはアーサーのことなどたいして覚えていないという意味になり、そうすると①の最後に書いた疑問は「無関心」の一言で処理できることになります。

③全部妄想説
 アーサーはずっと精神病院にいて、この映画は最初から最後まですべて妄想だったという説です。原作コミックスのファンはこれを推している人が多い感じがします。正直これはアリだと思うのですが、ただ実際にブルース・ウェインは両親を殺されバットマンになっているわけで、どのように整合性を取るのか悩ましいところです。

 これに対しては「アーサーの妄想がバタフライ・エフェクト(?)で市民に影響を与え、現実化したのだ」という説もあります。確かにブルース・ウェインの両親を殺したのはアーサーではありません。アーサーが寝ているあいだにどこの誰とも分からない市民が遂行したわけで、この場面だけ周囲に人がおらず浮いており、時系列的にどこに入るのかも定かではありません。

④車が衝突した時に死んでいた説
 
私が勝手に『セッション説』と呼んでいるものです。『セッション』という映画で主人公のマイルズ・テラーがドラム教師のJ.K.シモンズと火花を散らす怒涛のラストシーンは大絶賛されました。ところが実はその直前の交通事故でマイルズ・テラーは死んでおり、ラストの演奏は天国での妄想だったという考察です。根拠は一切ないのですがこの説を見たとき笑ってしまいました。

 それと同じように、アーサーはパトカーに車がぶつかったときに死んでおり、その後はすべて天国での妄想だという説です。都合よくキリストのように息を吹き返して喝采を浴びるのはできすぎですし、あのダンスシーンは夢のようなので、この説はお気に入りです。そして最後の精神病院は「審問」であるとも。

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⑤ジョーカーはアーサーではない説
 
この後で活躍するジョーカーは混乱に乗じてジョーカーを自称している別人であるという説で、これも実は多くの人が語っているものです。その根拠は「アーサーにカリスマ性が見えない」こと。『ダークナイト』や原作のジョーカーはもっとIQが高く、ずる賢く、頭が回るはずだということです。ジョーカーは最強のヴィランだ! という人にとっては、ただの平凡で無学な男がジョーカーだというのは受け入れがたいのでしょう。その場合アーサーは死んでいるか捕まっているかになります。

 これも荒唐無稽な話ではなく、ジョーカーというキャラがまとう匿名性を考えれば十分にありうる説です。パトカーに車が衝突して救い出されるシーンも、喝采を浴びて踊るシーンも、よく考えればあの時点で市民は彼がジョーカーの正体だとどうやって認識できたのでしょうか。みんなピエロの格好をしているのに。ジョーカー=アーサーであることは誰にも知られないまま歴史から消えてもおかしくはありません。

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