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三河宇宙造船所 宇宙への軌跡 第24回「2基のモチーフ」

- アメリカ -
1964年4月8日  ジェミニ1号 無人機が打ち上げられる。
地球を64周。
1965年11月19日 ジェミニ2号 無人機が打ち上げられる。
弾道飛行実験。

1965年11月19日 ジェミニ3号 有人機が打ち上げられる。
ジェミニ計画初の有人飛行。地球を3周。
これ以降全て有人宇宙船の打ち上げへ。
■搭乗員
ガス・グリソム 宇宙飛行士
ジョン・ヤング 宇宙飛行士

1965年6月3日  ジェミニ4号
エドワード・ホワイト、22分間の宇宙遊泳に成功。アメリカ初の船外活動。
地球を62周。
■搭乗員
ジェームズ・マクディヴィット 宇宙飛行士
エドワード・ホワイト 宇宙飛行士

1965年8月21日  ジェミニ5号
燃料電池を電源として使用。8日間の宇宙滞在に成功。
地球を120周。
*もう周回数三桁かよ。嫌になってくる・・・。
■搭乗員
ゴードン・クーパー 宇宙飛行士
ビート・コンラッド 宇宙飛行士

1965年10月XX日  ジェミニ6号
同年10月25日 ジェミニ6-A号とのランデブー予定であったアジェナ衛星GATV-5002は打ち上げ6分後に爆散。
計画は延期に。後にジェミニ6号A-1とジェミニ7号のランデブー計画へ変更。

1965年12月4日  ジェミニ7号
地球軌道への2週間の滞在。ジェミニ6-A号とのランデブーに。
地球を206周。
■搭乗員
フランク・ボーマン 宇宙飛行士
ジム・ラヴェル 宇宙飛行士

1965年12月15日  ジェミニ6-A号
延期されていた地球軌道上にて宇宙船同士の接近計画。
ジェミニ7号との最接近距離30cm。5時間に及ぶ宇宙飛行船2基の飛行に成功。
地球を16周。
■搭乗員
ヴォルター・シラー 宇宙飛行士
トーマス・スタッフォード 宇宙飛行士

1966年3月16日  ジェミニ8号
アジェナ衛星GATV-5003との軌道上にてドッキングに成功。
その後、推進機の故障により予定していた実験計画を中止し、地球へ帰還。
無事生還致す。
地球を6周。
■搭乗員
ニール・アームストロング 宇宙飛行士
ディヴィット・スコット 宇宙飛行士

1966年6月3日  ジェミニ9-A号
アジェナ衛星GATV-5004とのドッキングを予定していたが衛星の軌道投入に失敗。ジェミニ9号の打ち上げは延期。
ジェミニ9-A号に検められる。同じくアジェナ衛星も改められATDA0#2186搭載型へ。
ATDAのモニター結果にはシュラウドの解放が完了していないことを示す。ジェミニ9-A号が接近し目視するとフェアリングの一部が開かれていないことを確認。
ドッキングは不可能との決断に至る。
尚、その際の形状は二分割される筈だった片側のみが開き、「怒ったワニ」と表される。
ドッキング予定は怒ったワニとのランデブー計画に変更。
近づき過ぎると咬まれるからな。
ユージン・サーナン宇宙飛行士による船外活動も行われるが、宇宙服内の汗、湿気がヘルメットバイザーを曇らせる。
ただ宇宙に打ち上げることを終えた後に次々と課題が押し寄せてくる。
地球を47周。
■搭乗員
トーマス・スタッフォード 宇宙飛行士
ユージン・サーナン 宇宙飛行士

1966年7月18日  ジェミニ10号
アジェナ衛星GATV-5005との軌道上にてドッキングに成功。
ドッキングをしたままアジェナ衛星のエンジンを使用し、軌道変更に成功。
マイケル・コリンズ宇宙飛行士の船外活動(写真撮影)も行われる。
GATV-5005とのドッキングを終え、ジェミニ8号とドッキングをしたGATV-5003とのランデブーにも成功。
マイケル・コリンズは再び船外に出てGATV-5003へ近づくが、ツルツルに整えらたGATV-5003は掴みどころがなく、困難。
その環境の中もマイケル・コリンズはGATV-5003に装着された微小隕石収取装置を回収し、宇宙船に戻る。
更に10の実験を行った後に地球へ帰還。
地球を43周。
■搭乗員
ジョン・ヤング 宇宙飛行士
マイケル・コリンズ 宇宙飛行士

1966年9月12日  ジェミニ11号
アジェナ衛星GATV-5006とのドッキングをジェミニ11号打ち上げから約一時間半で達成。
各種実験。アジェナ衛星のロケットを使用し軌道変更に成功。
大気圏突入はアメリカ初の完全コンピューター制御を実施。
地球を44周。
■搭乗員
ピート・コンラッド 宇宙飛行士
リチャード・ゴードン 宇宙飛行士

1966年11月11日  ジェミニ12号
アジェナ衛星GATV-5001A
月に向けて。
軌道上における標的とのドッキング実験は実績と実証の獲得に成功。
しかし、船外活動については宇宙服、宇宙船の形状等々、課題が幾つも残る。何せ宇宙船と比べ複雑で脆弱な人が直接行う作業のため、生命が存在できない宇宙空間で護り、そして宇宙服の形状、快適さも含めた機能は確立されていない。
これまでの船外活動を鑑み、打ち上げ前の訓練にプール内での作業訓練や、使用する道具の形状見直しなど、人が使う環境とその道具が改良される。
アジェナ衛星GATV-5001Aとのドッキングをしたまま各種船外活動が行わる。GATV-5001Aのロケットエンジン不調のため軌道変更については中止。
地球を59周。
■搭乗員
ジム・ラヴェル
バズ・オルドリン

- 日本 -
1966年11月15日 火曜 
「先人に学ぶ」と宗弐郎。
昨年、1966年に完了したジェミニ計画。宇宙空間での宇宙船と人工衛星のドッキング。我々も宇宙で連結を完遂させる。
ドッキングポートの搭載案計画中に宗弐郎からの提案が入る。部材を加工する際にチャック、爪で掴むような装置によるドッキング案。
其の案の背景には米ソ宇宙開発に遅れを取り参加した日本の企業株式会社三河宇宙造船。その取引先、計測機器輸入代理を行う株式会社伊能光学から「宇宙デブリ」の問題が米国の一部工学関係者から上がっている声を受け「ただ連結するだけでは能がない」 将来を見据え掴む技術とその方法の確立を目指すべし」と。
翌週から四菱重工との接触、折衝が繰り返された。
先人の開拓した道、巨人の肩に乗ることで次へ進んできた。
ただし、全く同じことを行っていても芸がない。
「我々は我々の独自の道標を立てる」と宗弐郎。

1967年8月30日 水曜
三河6.2号は赤道上空500kmに通信用人工衛星の投入に成功。その後赤道上空約250kmの軌道への変更、地球を周回するという目標を達成。
そして帰還。
次の計画へ向け暫くの急速後、実験が繰り返される。

画像1

写真:地上でのドッキングテスト風景

1967年10月2日 月曜
「動作確認」
ロケット組立棟内にフォン博士の声が響く。宇宙船の先端に取り付けられた装置、その機器がモーター稼働音を立ててスカートをたくし上げるように外皮を捲ると、鳥籠の中から爪がニョッキリと姿を現す。
「問題ありません」
1967年10月3日 火曜
爪で掴まれる対象、三河6.2号が渥美半島にけたたましい咆哮と閃光を瞬かせ、秋の上空へ消えて行った。その光背は真っ赤な太陽のようで。

画像2

写真:三河6.3号

1)先進的グラッピングユニット 一基搭載
2)LT-1 着陸脚 四基搭載

1)について
UFOキャッチャーってあるじゃん。後のアレだよアレ。
キャトルミューティレーションについては違うので、そういうのはご遠慮ください。
2)について
これで地上にゴロンと寝転がらなくても自立できる。

1967年10月6日 金曜 午後1時
「ミス・マリーを捕まえてくる」
ジェバダイア宇宙飛行士は三河6.2号とのドッキングへ向け飛んで行った。
三河6.3号
https://www.youtube.com/watch?v=q-5Uqaa2p_Y&feature=youtu.be


次回予告「アポロの影」

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