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鬼婆と若い旅の僧②-人の生き肝を食らう鬼-

夜半に目覚める僧

N:僧は夜中にふと目を覚ました。隣の部屋でショリショリという音がしている

僧:ん。何の音じゃあれは。ん、んんー、か、からだが動かぬ。

(隣の部屋の襖が開く音

女:目が覚めたか

N:窓から差し込む月明かりで見て取れるその顔は鬼婆の顔だった

僧:お、おまえは誰じゃ。女は、女はどこへ行った。

女:あれもわしじゃ

僧:くっ・・・そ、そうか。おまえは噂に聞いた人を食らう鬼婆であったか

女:逃げようとしても無駄じゃ。お前の体は縛っておる。

N:女はそう言ってから又包丁を研ぎ出した

N:やがて包丁を研ぎ終えた女は僧のそばにきて腰を下ろした

女:苦しい思いはさせん。楽に死なせてやるからの

僧:むぅ・・・わしも仏に仕える身じゃ。これも定めならば仕方がないと覚悟もしよう。じゃがお前はなぜに人を食らうのじゃ。それを知らなければ諦めがつかぬ。

女:ふむ・・・

女:ならば聞かせてやろうかの。遠い昔の事じゃ。若い頃わしは連れ合いと共にここで暮らしておった。わしらは元はお前が通ってきた里の生まれでの。小さい頃からわしらは仲が良かった。あれは、わしが15で連れ合いが18の時じゃ。はやり病でお互いの両親が亡くなってしもうた。二人は里を避けてこの山の中で共に暮らすようになった。

女:連れ合いは腕の良い猟師での。わしも畑を耕し、暮らしに困ることはなかった。ほんに、あの頃は幸せじゃった。

女:そんなある日に隣の国と戦争が始まったのじゃ。連れ合いは鉄砲を持っておったから戦争にかり出された。見送るときに連れ合いは、必ず戻ると言うてくれた。もし死んでも魂魄になりお前の元に戻ってくる、と言ってくれたんじゃ。

女:それからわしは待った。ずっと待った。連れ合いに会いたいという思いだけで待ち続けた。そしてわしは年をとった。若い頃の面影もなくなってしもうた。その時にわしは思った。この様ななりでは連れ合いがやってきても分からぬのではないか。そして昔に聞いた人の生き肝を食べて若さを保った話を思いだし、宿を貸した旅人を殺してその肝を食べたのじゃ。

女:翌朝目覚めるとわしは若い頃に戻っておった。それからはこうして旅の者を泊めるたびに肝を食ろうておるのよ。はじめは連れ合いに会いたい一心で始めたことじゃが、そのうちに若さを保つことが喜びになってしもうた。今となってはもう、肝を食らうために生きておるのやも知れぬ。

N:女は言い終わるとすぐさま僧の胸に包丁を突き立てた。僧はしばらくして息を引き取った。女はやれやれというようにため息をつき膝を立てて僧の肝を取り出し始めた。その時、部屋の隅にぼぅっと黒い影が浮かんだ。

男:・・・さ・・・よ・・・・・・お・・・おさよ・・・

女:だ、誰じゃ・・・わしの名を呼ぶのは・・・誰じゃ。

男:わしじゃ。源太じゃ。

女:お、おまえさま・・・お前さまなのかえ。

男:おさよ、聞いてくれ。お前と別れて戦が始まるとわしの隊は散々に打ち負かされた。わしも手傷を負って逃げて本隊を探しまわったが、傷が深くて動けなくなってしもうた。そしてもう死ぬというときにわしはお前の元へ戻ると一心に祈った。だがその時に旅の僧がわしを見つけ、哀れに思って読経を始めたのじゃ。それを聞いているうちにわしは安らかな気持ちになってしまい、そのまま死んでしまったのじゃ。

男:わしはお前が殺したその男に生まれ変わった。だが昔のこともお前のことも覚えておらなかった。しかし、物心ついた頃から胸の中にぽっかりと穴が開いたような寂しさを抱えておった。時には暴れ回るその寂しさを持て余し、わしは仏の道に入って救いを求めた。そして修行の旅にでてここへ来たのじゃ。

男:わしは最初お前を見たとき何やら懐かしい気持ちを覚えたが、誰ぞに似ているのだろうと思い、気にしなかった。そしてお前がわしの胸に包丁を突き立てたいまわの際にお前のことを思いだしたのじゃ。

N:男は女のそばに寄ってきて女を抱きしめた。女は老婆から若い女の姿になっていた。

男:仕方のないこととはいえお前にはすまぬ事をした。許してくれ・・・許してくれ。

女:お前様・・・お前様。

N:二人は堅く抱き合いひとときのあいだ愛し合った。

男:さぁ、今までの罪を償うのじゃ。まず二人の墓を建ててくれ。一つ穴に二人の遺骸を並べるのじゃ。さすればずっと一緒におれるじゃろう。わしが読経してやるゆえお前はわしの横で自害をするがよい。これまで何人もの人を殺めたお前は地獄に落ちるじゃろうが、わしもそなたと共に地獄にゆく。

N:二人は寄り添って外に出た。月明かりに二人の姿が浮かんだ。女は家の前に穴を掘り、ありあわせの板で塔婆をたて、僧の遺骸を穴に入れ、自分も僧のそばに横になって並んだ。

N:男が読経を始めた。女は持っていた包丁で自分の首をかき切った。やがて男のそばに一つの影が浮かんで女の姿になっていった。

N:男と女の影はひっそりと寄り添い、二つの遺骸を長い間見つめていたが、ふっとかき消すように見えなくなった。

N:月が柔らかい光で、男と女の遺骸をいつまでも照らしていた。


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