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娘の願い

カランカラン

N:ここは地方都市のママが一人で経営する小さなバー。ママの見かけは30代後半に見えるが実は40の半ばを越えている。いまそのバーに50代半ばの男が入ってきた

ママ:あら、源さんいらっしゃい。今日は遅かったのね。

源一郎:うん。娘の荷物をまとめるのを手伝ってたらこんな時間になっちまった。

ママ:あら、大変だったのね、お疲れ様。じゃぁ、最初はビールにする?それともいつもの水割り?

源一郎:そうだな。喉が渇いてるからまずはビールをもらおう。

冷蔵庫を開ける音。続けてカウンターにコップとビールを置く音

ママ:はい、どうぞ

源一郎:ほい。ありがとう。

コップにビールを注ぐ音

源一郎:くぅーうめぇなぁ。

空になったコップにまたビールを注ぎながらママが話す

ママ:それで・・・早紀ちゃんの荷物はまとまったの?

源一郎:うん。送る物は宅配業者に渡したからな。後はあいつが自分で持って行く物だけだ。

ママ:そう。で、早紀ちゃんは今日は来ないの?

源一郎:後で行くっていってたよ

ママ:そう、良かった。東京へ行ったら暫く会えないじゃない?だから会いたかったのよ。

源一郎:あいつもおんなじ様なこといってたぜ。あんた達仲が良いんだな。

ママ:ふふ。早紀ちゃんはね、死んだ娘と同い年だからさ。他人と思えないのよ。

源一郎:あぁ、そんなこと言ってたな。いつ亡くなったんだっけ?

ママ:11年前よ。

源一郎:そうか。11年前って言やぁ家内が死んだときだな。

ママ:あら、そうなの。

源一郎:うん。

ママ:それから源さん一人で早紀ちゃんを育てて大変だったでしょう。

源一郎:うん。堪らなかったのはさ、あいつ、子供のくせに母親のことなにも言わないんだよ。だから俺聞いたんだ。お前、お母さんがいなくなって寂しくないのか?って。そしたらさ、私にはお父さんがいるから寂しくないもん。って言いやがったんだよ。俺、あいつを抱きしめて泣いちゃったよ。あいつもそんときだけは泣いてたなぁ。

ママ:そうかぁ。早紀ちゃんは強い人だもんねぇ。

源一郎:ママも旦那さんが亡くなってから一人で育てたんだろう?

ママ:うん。娘が5歳の時に死んでね。私の父親の弟さんが子供がいなかったから娘を可愛がってくれててさ、うちで一緒に住んで育てたらどうだ?って言ってくれて。あぁ、私の両親は私が二十歳の時に二人とも死んだのは知ってたよね。

源一郎:うん。

ママ:それから私は水商売に入って娘を育てたのよ。

源一郎:再婚しようとは思わなかったのかい?

ママ:私は家族縁が薄いのかなと思ったらさ。ほら、両親も旦那も死んじゃったでしょ。その上娘にも死なれたから。

源一郎:でもさ。一人で年をとって行くのは寂しいだろう。なんかあったときも大変だしさ。

ママ:そういう源さんだって早紀ちゃんが就職して東京に行っちゃうんだから、これから一人になるのよ。だれか好きな人はいないの。

源一郎:いたらここに連れてきてる。

ママ:それもそうね。ふふ。

源一郎:ところでさ、ママ。

ママ:ん?なに?

源一郎:いや、やっぱいいや。

ママ:どうしたの。言いかけて止めるなんておかしいわよ。

源一郎:うん、いや、まぁ・・・

カランカラン

N:源一郎の娘の早紀が店に入ってきた。

ママ:あら、早紀ちゃんいらっしゃい。

早紀:ママ、こんばんわ。

ママ:早紀ちゃんなに飲む?

早紀:私もビールちょうだい。

ママが冷蔵庫からビールを出しコップと一緒にカウンターに置く

ママ:はい、どうぞ。

早紀:ありがとう。

早紀:ふぅ・・・。美味しい。

源一郎:もう荷物はぜんぶまとまったのか。

早紀:うん。入りきらないのは置いといてまた取りに来るわ。

ママ:で、早紀ちゃんいつ東京に行くの。

早紀:明後日よ。

ママ:そう。でも源さんも早紀ちゃんが東京で一人暮らしするから心配よね。

早紀:一人暮らしっていってもおじさんの持ってるマンションに住むのよ。監視付きみたいなもんだわ。

源一郎:だから良いんだよ。一人で暮らすとなると色々とあれだよ・・・大変だぞ。

早紀:色々って何よ。

源一郎:色々ってほら、あれだ・・・病気したりとか色々あんだろ。

早紀:パパ、違うこと心配してるでしょ。まぁいいわ。ところであれ渡した?

源一郎:ん?い、いや・・・

早紀:何よ。まだ渡してないの?まったくパパったら意気地がないのね。

源一郎:そんなこと言ったって俺にも色々都合があるんだよ。

ママ:なに?どうしたの?親子げんか?

早紀:ほらパパ。早く。

源一郎:あぁ・・・わかったよ。ママ・・・実はさ、これ・・・

N:そう言って源一郎が差し出したのは小さな紺色のケースだった。

ママ:なにこれ?まぁ・・・ティファニーの指輪じゃない。

源一郎:うん。受け取ってもらえないかなと思ってさ。いや、もしあれなら、右手でもいいからさ。

ママ:さっき言いかけてたのはこれだったのね。

早紀:やっぱりパパ。私が来なかったらきっと渡してないでしょ。

源一郎:そうポンポン言うなって。

早紀:もう、ほんとにもどかしいわ。私は、ママもパパを嫌いじゃないって知ってるから言ってんのよ。

ママ:確かに源さんのことは嫌いじゃないけど、ちょっと考えさせて。とりあえずこれは右手にはめておくわね。

早紀:ほんとに二人ともいい年してるのに煮え切らないのねぇ。あぁ、まだ痛いわ。

N:早紀はそう言って背中の辺りを触った。

源一郎:どうした早紀。背中が痛いのか。

早紀:うん、荷物をまとめてるときによろけちゃってさ。背中を壁にぶつけたのよ。その時壁に止めてたピンが当たったとこが痛いのよ。

源一郎:大丈夫かお前。ちょっと見せてみろ。

N:源一郎はそう言って早紀のTシャツの襟首を引っ張って背中を覗き込んだ。

源一郎:あぁ、痣になってるな。

源一郎:(笑いながら)それにしてもお前、なんか痣が星の形になってるぞ。

早紀:あぁ、ピンが星の形してたからね。なによパパ。笑わなくてもいいでしょ。

早紀:あらママ、どうしたの?

N:源一郎と一緒になって早紀の背中を覗き込んでいたママが目を見開いていた。

源一郎:ママどうしたんだい。

N:ママの目から大粒の涙が落ちてきた。

 ママ:その痣・・・

ママ:死んだ娘も同じ場所にそんな形の痣があったのよ・・・

(早紀と源一郎は同時に)

早紀:えぇ・・・

源一郎:えぇ・・・

(暫く無言の三人)

早紀:へえぇ・・・こんなこともあるもんなのねぇ。

早紀:ママ、これはあれよ。きっと娘さんもママに幸せになって欲しいのよ。だからパパの面倒をみてあげて。

N:ママは暫くすすり泣いていたがやがて顔をあげた

ママ:そうねぇ・・・もういいのかもねぇ・・・

早紀:私が東京へ行っちゃったらパパ一人になっちゃうでしょ。今までは私のことを思って再婚しなかったと思うんだけど、一人になると私も心配なのよ。こう見えて結構さみしがりだし。

源一郎:こう見えてってなんだよ。おれは結構イケメンだって言われるんだぞ。

早紀:はいはい。もう聞き飽きたわよ。

ママ:じゃぁ、源さんの面倒はみるから早紀ちゃんは心置きなく東京に行ってね。そうと決まったらまずは、そのメタボなお腹をなんとかしないとね。

源一郎:え・・・なんだよそれ。

ママ:だって、元気に長生きして欲しいじゃない?頑張って働いてもらわないとダメだし。ふふ・・・。

早紀:そうそう。ビシビシしごいちゃってね。でも私は甘えさせてね。ママぁ・・・












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