ワタシノ足跡 第十八章 高野の山にて100日間
以前も話したことがありますが
私は、
サラリーマン
↓
僧侶(得度)20代後半
↓
サラリーマン
↓
僧侶(得度から再び修行やり直し)40代前半
現在は
デザイナー/小売業/店内装飾/外壁クリーニング
建築物美装など個人事業いわゆる、ひとり親方
そして社会奉仕活動家(ボランティア団体代表)
個人や法人さんからの依頼のご相談事、祈願や
供養を受けるフリーランス真言宗僧をしています
いつしか「アウトロー坊主」と呼ばれるように
なりました
2014年“ 仏道修行やり直し ”の時の話です
私の宗派は真言宗です
※真言密教と呼ばれることもあります
現在、大きな宗派として存在しているのは
13宗派あります
法相宗、華厳宗、律宗、天台宗、真言宗、
融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、時宗、臨済宗、
曹洞宗、黄檗宗、日蓮宗
真言宗は
引法大師(こうぼうだいし)空海が開いた宗派です
“弘法筆を選ばず”ということわざもあります
京都の東寺・高野山・成田山新勝寺・川崎大師
四国のお遍路など真言宗とゆかりがあります
お寺には大きく分けて2種類
【供養寺】亡くなった方を対象に
先祖供養など供養が主に行うお寺
【相談寺】生きてる方を対象に
一般の方の相談事や祈祷などを
主に行うお寺
供養寺も相談事を受けることもありますし
相談寺も先祖供養もしますので線引きが難しいです
【観光寺】と呼べれる御寺もありますが
観光客の多い御寺はそのように呼ばれる事もあります
いづれにしても御寺の名称に
『相談寺』なんて書いてませんので
一般にはわかりずらいですよね
僧侶=お坊さんになるには
真言宗の僧侶になるには
真言宗のお寺の住職(師僧)と師弟関係を結び
弟子になります
↓
※得度する
一般的に僧侶になることを出家といいますが、
正式にいうと「得度」といいます。
また、そのための儀式を「得度式」といいます。
「得度式」は
僧侶になるための入学式みたいなものです
その後、師僧より僧名(僧侶としての名前)を授かり
なかにはご自分で僧名をつける方もいらっしゃいます
得度後、僧侶としての籍をお寺へ登録(僧籍登録)して
証明書である度牒(どちょう)をいただきます。
作家さん、落語家さん、芸能の方や
スピリチャルヒーラーさんなど“僧侶“と
肩書きに書いている方もいらっしゃいますが
この得度式を受けたらどなたでも僧侶と呼ばれます
名前が変わる
私の場合は俗名といいますが
両親から頂いた名前は【 裕人(ひろと)】
師僧から頂いた僧名が【 雄真(ゆうしん)】です
雄海という師僧から名付けてもらったのですが
「雄」の一字を頂いてます
ある意味では師弟制度があったりと
落語家さん笑福亭鶴瓶師匠のお弟子さんの名前が
笑福亭笑瓶・晃瓶・純瓶・瓶吾・瓶二さんなど
師匠の名前を一字受け継ぐなど落語の世界と似てます
家庭裁判所
僧侶の証明書である度牒(どちょう)を持参して
家庭裁判所に行き諸々の手続きをすると
戸籍上の名前を僧名に改名も出来ます
私は僧名に改名したので戸籍上も変わりました
結婚や離婚などで姓が変わる事はありますが
名前が変わるなんて、そうないですよね
ですが、これほんとにびっくりするほど
あっけなく秒殺で変わります
余談ですが私は家系の事情で小学校時代に
名字が変わっているので3回名前が変ってますので
例えば 山田裕人→田中裕人→田中雄真
小学校の同級会名簿があれば「田中雄真」
同級生には誰だ⁈コイツとなるでしょうね
仏様との約束
仏様と10個の約束をします
これを十戒と言います
僧侶として守るべき戒律を授かり
守ることを誓う儀式で「受戒」とも言います
戒を授かった後は、戒を守り
「悪をなさず、善を行う」ことに
務めなければならないという事になりますね
「十戒」
不殺生(ふせっしょう)…生きものを殺さない
不偸盗(ふちゅうとう)…盗みをしない
不邪淫(ふじゃいん)…淫らな行いをしない
不妄語(ふもうご)…嘘をつかない
不綺語(ふきご)…お世辞などを言わない
不悪口(ふあっく)…悪口を言わない
不両舌(ふりょうぜつ)…二枚舌を使わない
不慳貪(ふけんどん)…むさぼらない
不瞋恚(ふしんに)…怒らない
不邪見(ふじゃけん)…間違ったものの見方をしない
阿闍梨(あじゃり)って⁈
「得度(とくど)」
「受戒(じゅかい)」
ここまでの段階でも前記したように
僧侶なのでですが※阿闍梨(あじゃり)という
このひとランク上の資格があるのです
お寺で衣(ころも)をいるひとが
阿闍梨を含めて僧侶とみなすので
どのひとが阿闍梨と見分けはつかないです
わかりやすく言えば
どこかのお店だとすると制服姿では
店員さんと店長さんの区別は見分けつかないですよね
阿闍梨は弟子を持つこともありますが
一般僧侶は厳密には真言宗では弟子は持てません
阿闍梨=店長
僧侶=店長含め店員全体
得度を受けた者=店員
もしくは車の免許だと普通免許(得度僧侶)
第二種普通免許(阿闍梨)のような感じです
阿闍梨になるには
「加行(けぎょう)」と呼ばれる
約100日間に渡る修行を行わなければならないのです
各お寺によって100日連続だったり
と違いますが私の場合は50日間を2回でした
加行終了後
「灌頂(かんじょう)」の順に修めていきます
これらはいずれも欠かすことのできない
重要な儀式・修行です。
やっと、ここからは加行修行中の話ですが
真言密教という字の如く秘密裏な事も
多々御座いますのであくまでも外回り的な事しか
お伝え出来ません
そして10年前の記憶です
多少の記憶違いもありえますので
ご容赦くださいませ
加行修行における決まり事
・スマホや携帯などの通信機器
財布等は預ける
・新聞やラジオ、テレビ、ネット
外部からの情報は一切シャットダウン
・食事は肉、魚、乳製品以外
いわゆる精進料理
・アルコールはもちろん禁止
・期間は50日間を2回(連続でも無くても可)
・私語禁止
・足袋や作務衣や衣は常に清潔であること
(洗濯機と乾燥機が各3台ありますが
15人では人数的当然、間に合わない)
・入浴や食事も修行とみなされ必ずする
・如何なる理由があっても無断外出禁止
細かい禁止事項や決まり事はたくさんありますが
一般生活との大まかな違いはそれぐらいでしょう
修行の始まる前に持ち物の検査もあります
・下着や襦袢は白 素材は綿のみ
(ブリーフの白は頻繁にありますが、
トランクスタイプは、なかなか見つかりません
ボクサーパンツなんて奇跡です)
・数珠などの素材も決まり事があります
由緒ある歴史深いお寺の後継ぎさんなど
水晶などの高級な素材の念珠など
ご用意している方もいましたが完全アウトです
持ち物検査後2時間後くらいに
修行開始の集合となっているので
取り急ぎ近くの仏具屋に安価な数珠を
買いに走ります
お預け金という制度があります
修行の途中に例えば足袋が破けたり
下駄の鼻緒が切れたりもしくは急病で薬等が
必要になった際など修行に不可欠と思われる物は
指導員僧侶が代理で買い物に行ってくれます
そのため2万円ほどお金を預けます
修行終了後に返金もしくは追加で支払いをします
私は1円も使わず全額返金でした
木造2階建ての寮のようなで
【道場】と呼ばれる建物で生活します
修行僧は前期生と後期生 約15名
指導僧は3人
(特別コーチ的な指導僧も短期間だけ来られます)
三時間越えの正座の味方
私はストレッチ製の足袋を用意してましたが
これは気付かれずセーフでした
修行中は3時間程正座をすることは
ごく当たり前にあります
正座3時間は地獄ですよ
雄叫びを上げたくなります
自分の人生を恨みたくなります
痺れきった脚で正座から片膝状態で畳に着地
そして、立ち上げる
足の痺れにつま先の感覚が無くなり
もう自分の足とは思えない状況になり
足の裏での着地のコントロールがつかず
衣の裾を踏んでしまったりバタッと倒れたり
また足首を捻挫したりする事もあるので
結構、この一歩は緊張の瞬間です
また、この瞬間ふらついたり
「うっ‼︎」と思わず声が出してしまう
なんてことはあってはならない!
あるまじきことなので
最新の注意と究極の痩せ我慢
どんなに痛くても
「平気ですけど何か」と役者になります
ストレッチの足袋だと
長時間の正座等の際の足の痺れが
若干違うのです(個人差アリ)
ストレッチ足袋は私にとって
強い武器のような
味方のような存在なのです
ちなみに
足袋のコハゼ(留め具)は5枚を着用します
正座の話で脇道に入りますが
第一期修行時代に
インドでもタイでも中国でも
僧侶は正座してない
ましては
正座いている仏像なんていないじゃないか!
と自分の師匠も正座してないし
なんで自分だけ‼︎
と※ハブてました
ですが、
修行の途中でわかったのですが
ある修行の段階を終えると
正座地獄から晴れて卒業出来ます
新たな座り方を伝授されるのです
けっかふざ【結跏趺坐】
どうしても
この座り方が股関節などの都合で出来ない場合は
はんけっかふざ【半結跏趺坐】
この座り方でも容認してもらえます
晴れて正座地獄からの卒業
と思ったのは束の間
この“結跏趺坐“
漢字の読み方もわからない
一般の方は一生出逢わないような漢字
これがクセモノなんです
まずは、股関節が硬いと脚が組めないのです
そして正座の場合はモゾモゾと体重移動などで
足の痺れを軽減したり誤魔化したり
やや出来る、あくまでもややですが
この結跏趺坐は体重移動が出来ないのです
ヨガや瞑想など比較的短い時間なら
どうにかこうにか乗り切れるでしょうが
3時間もやってごらんなさい
足も当然痺れますが
股関節や膝、足首 脚の関節 全てが痛くなります
さらにご丁寧に尾てい骨まで痛くなります
半結跏趺坐は、結跏趺坐と比べてすこしだけ楽ですが
その差は大さじ一杯ほどの差です
正座時代にハブてまくった
自分を叱りに行きたくなります
私共僧侶はロングスカートのような
足首まで隠れる衣を纏っております
組んでいる脚はありがたいことに
外見上誰にも見えないのです
着座の際も作法もあるのですが
座った瞬間はちゃんと結跏趺坐
そして、どさくさにまぎれて
コソっと片足を解き半結跏趺坐にします
ここはあえて私は!という事にしましょう
指導僧も気が付いても衣をめくってまで
確認しないというか見逃してくれます
ちなみに正座は
徳川家の殿様のどなたかの影響らしいです
武士など敵に襲われても直ぐに対応できるように
正座は、よほどの時しかしなかったらしいです
詳しくは↓
つづく
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