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キジの夫婦は

3年前まで、毎朝散歩する林の下草に、キジの夫婦が住んでいて、とつぜん飛び出してくることがあった。

一般にキジというと、雄は勇敢で家族を守るといわれてる。日本の国鳥であり、元々は大陸から連れてきて狩猟のために放鳥され、留鳥となったそうだ。雌は茶色で目立たないが、雄は黒の中に緑色のような青色のような光る羽毛が在る。何よりも特徴的なのは目の周りが赤色、遠目には頭が赤く見える事だ。

むかし鳥撃ち、特にキジを狙った狩猟を趣味にしてる人がいた。キジを数羽仕留めたとかで、取りに来るように電話が来た。玄関口に2羽の雄のキジが置かれていて、さっそくキジ撃ちの自慢話を聞かされた。

キジは走って逃げ、意外と体力は無いらしく、直ぐに隠れて静かになるらしい。ワサワサと近付くと、雄は雌や家族を守るために飛び出てくるので、簡単に仕留められるそうだ。その話を聞いてるうちに、横たわっている雄のキジ2匹が哀れに思えてきた。

キジも鳴かずば・・・というが、家族や妻を守るために、大声を上げて人の前に飛び出て撃たれてしまう。

羽をむしってやるから待っててと言われたが、急用を思い出したと帰ってきた。勇敢な家族愛に溢れたキジを、ただの遊びで殺して良いのだろうか。残された家族の生活はどう成るのか。何となく憂鬱な気持ちになった。

大叔父にそんな事を話したら、キジは一夫多妻制の鳥で、いつも数匹の雌を連れて歩いてる。あぶれた雄はたくさんいるので、死んだら直ぐに他の男が来て再婚できるから心配ない、などと聞いて、いささか複雑な気持ちになった。

ところで、散歩道の林に住んでるキジだが、とつぜん前方に現れると、雄の方は「グゥエー、グゥァー」と鳴きながら一目散に走って行く。雌の方は数メートル走っては振り向いて、こちらの出方を窺っている。

追いかけて来ないと思うと、いったん止まり、振り返りつつ草むらに入っていく。そういう雌に比べ、雄の大声を張り上げて逃げ走る姿は、何とも情けない逃げ方だ。


半年以上経った頃から、雌の姿が見られなくなった。雄は少し高い所や石の上でけたたましく鳴いては、また別の場所へ行って鳴いていた。明らかに雌を求めて鳴いてるようで、泣き声は喉をからしてる様な、哀愁というような哀しさが感じられた。

雌は臆病な雄に愛想を尽かして、他の雄の元へと走ったのか、あるいは病気で亡くなったのか。どうやらこの林には、この一組のキジしかいなかったようで、いくら鳴いても次の相手は現れなかった。

それでも半年以上も鳴き続けて、いつの間にか雄も姿を消した。新たな相手を求めて、何処か遠くの山の中に行ったのか。鳴き疲れて命を失ったのか。後者なら絵になるのだが。


実はキジの雌は賢くて、一夫多妻制をとっているのは、一羽の雄が目立っていて攻撃対象になり、雄が攻撃されている隙に周囲数羽の雌が逃げ切る作戦らしい。キジは飛ぶのが苦手で、走って逃げるために誰かが犠牲になる必要がある。1対1よりも、雄一羽に対して雌が複数羽いた方が、より効率的に逃げやすい。

女性を置いて一人で慌てて逃げては、何の役にも立たない。けっきょくこの林のキジは捨てられたのだろう。

キジの雄は自ら犠牲になり、猟師の前に飛び出て撃たれなければならない。以前見たキジの雄2羽は、ちゃんと役目を果たすために、猟師の前に出て撃たれたのだろう。

そう思うと、キジの雌は実にしたたかに男を利用して生きていることになる。キジの雄は自分はモテて女が何人も着いてくる、などと自惚れてるが、実は巧みに騙され、ただ殺されるだけの役目なのかも・・・。

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