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鬼望の道(vol2,)会長との出会い

割引あり

前回までのあらすじ

大学3年の夏、
長野の大学生活を謳歌できず引きこもりがちだった筆者
ひょんなことから麻雀を知る事となり
調べていくうちに雀鬼会という麻雀集団があることを知る。
主催者の経歴や大会での活躍を知り強く影響を受け
夏休みを使って町田にある牌の音という麻雀道場に伺う
様々な感情が入り混じりつつも麻雀を打つこととなり
奇妙な充実感を覚える。そこから町田に滞在する3日間
この麻雀道場に通う事を決意する。

鬼望の道(vol1,)|正直プーさん (note.com)

夕方までの過ごし方


町田道場での平日卓稼働時間は概ね16:00以降。
ネカフェは大体朝9:00には出なければいけないため
9:00~16:00までの7時間、何をして過ごすかという問題があった。
これについての対策だが
①健康麻雀スクールで時間つぶし
②町田周辺の雀荘で時間つぶし

の2つ候補があった。
結論から言うと①を選び
理由として麻雀自体本格的に勉強して約2ヵ月、
点数申告はつい最近時間をかけて言えるようになった程度。
ルールは分かったとしても実戦レベルで打てるようになるには
もっと時間がかかるだろうし、
今のレベルではフリー雀荘で時間を潰す
という行為は実力や資金を鑑みて現実的ではないと思えた。

また、初日で扱った牌の扱い方を身に付ける為にも
ゲームをしながら牌捌きや縦切りの練習をするうえでも
①の環境というのは適していた。

約10年前練習場所として利用した施設

記憶に間違いが無ければ旧店舗はこのビルの2階に存在した。

入店して校長と呼ばれる店舗責任者に今回の町田遠征の目的を話し、
道場が始まるまでの時間潰しで利用することも話した。
健康麻雀と雀鬼流麻雀、
決して相容れることは無い対極した目的の元
運営されている母体ではあったものの、
たまたま、
この店舗責任者が雀鬼流麻雀道場の元道場生でもあり
考えに一定の理解を示してくれ
”お店のお客さんが気にならないレベルで
あればゲームに参加してもよい”
と添えられた。

(※後から分かった事だがこの教室自体、
麻雀教室であるが
夕方や休日はフリーに近い環境であり、
雀鬼に対して一定のリスペクトが見られる
”雀鬼風”で打っているプレイヤーもいた為、
降りない麻雀スタイルやスピード感のあるゲーム展開で
テンポよくゲームが行われていた。)

こうして町田道場に行く16:00までの間はこちらの施設でお世話になり
所作だけでなく雀鬼流麻雀の模擬練習もしながら時間を過ごした。


点数が分からない。

滞在初日、スタッフに簡単に挨拶を済ませゲームを開始する。
卓のスピードは健康麻雀店での練習や寝る前に
イメージしていたため
落ち着いてゲームが臨めた気がする。

そんな落ち着いた様子を見ていたのか
スタッフOさんから新たな指示が来る。

Oさん『点棒が何点あるか常に意識してみましょう。』

雀鬼流麻雀はブー麻雀が主流となる考えで
特に道場においては点数状況に合わせた
仕事”が出来る人間が評価されるため、
この点棒把握という項目は非常に重要な要素となる。

※ブー麻雀=配給原点に対して浮きか沈みかで
トップ時のボーナスが大きく変わる麻雀。
桜井会長曰く、昔の雀荘などは
マン(一般的な東南戦)かブー麻(東風よりも早く終わる特殊な条件戦)
のどちらかで時間効率や雀荘の利益でみてもブー麻雀が人気だった

※仕事=点数状況に合わせたあがりや犠打、アシストの事
南場以降はトップ取りよりもAトップ阻止を第一優先とさせるため
この”仕事”の考えを用いてゲームを進行させる必要がある。
通常の麻雀よりも考える量が多く状況に応じて出来る仕事も
流動的に変わってくるため常に点数状況を把握する必要がある。

しかも道場の卓は今の卓と違って点棒表示がついてない旧型の卓。
配給原点より上の場合は
卓の左側に点棒置くようにするのでまだ分かりやすいが
下の場合は点数を頭の中で把握していく必要がある。

※点数浮きの場合、この場合だと33900点
鳴き牌などは浮きの点棒の横に晒す

そのため、開局の3900打ち込みは5000点棒で払って1100点で返すのがマナーであるが、3900をそのまま出し貰った人は点箱に閉まわずそのまま
卓横に寄せるという独自のマナーも存在していた。
(5000点で払ったら逆に怒られたこともあった。)

※点数沈みの場合の写真、入れるケースが3ポケットしかなかった為
端数分のシバ棒は立てるなどして計算しやすくした。

とある日の南場以降、5000点沈みの状態で3900の立直を打ち判断を誤って2000点浮きの2着目からあがってしまい、浮きが2人いるB状態から1人浮きのA状態にしてしまった時はチョンボを取られ物凄く怒られた経験があったので常に神経を張っていた。

とはいうものの、この当時はそんなことを考える余裕もなく
沈みの状態で南場に入るのは常に鬱々としていた。

雀力的にも弱く、ましてや一巡約6秒というなかで点箱にある自分の点棒を数えることなんてまずできない。

しかも配給原点30000点持ちからスタートする為、ラスと言えども23400点など意外と点棒があったりすると数える量も多いし、浮いてる人からシバ棒(100点棒)両替も何度もあるため、点箱の中がシバ棒だらけだと自分が何点なのか全く把握できなくなる。

南場に入ってからは、沈んでる人は配牌を取りながら自分が何点あるかを自己申告する必要があるがやることが多すぎて点棒把握までキャパが追い付いていな為、

7巡した後ぐらいにようやく数え終わって
”19300点ある…申告をする際は所持点数ではなく浮きまで何点あるか伝えなきゃ…30000−19300で答えは…”

プ『10700沈みです。』バシッ!打4萬
スタッフ『ロン。3900です』
次局、また数え直し地獄のループだった。

あまりに数えるのが遅かったせいか途中からスタッフが
自分の点箱をすくい上げて数秒後に
スタッフ『154沈みです。(15400点沈み)』
といって点箱を自分に返すというムーブもあったりした。

開き直ってスタッフが数えてくれるのを待って麻雀に集中しようとしたら
道場生『人にばかり頼ってないで自分で何とかしなさい。』
と説教され自分にとっては逃げ場のない麻雀修行の日々だった。

三顧の礼

その時は突然訪れた

スタッフや道場生にやんややんや言われながら打っていたら入り口の開閉音と共にゲーム中にも関わらず入口の方向に一斉に立ち上がり、

一同『会長‼おはようございます‼

自分は入り口を背にして打っていたが、あわてて振り返ると事情を察した。

雀鬼、桜井章一がそこに立っていた。

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