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好きなことはコロコロ変わってもいいんだよ

最近腑に落ちたエピソード。

私は昔、オタクが羨ましいと思ってました。
何を言い出すか、と思われると思いますが笑
誰か、何かに夢中になってる人はすごくキラキラしてて熱意があって首尾一貫!って感じがして私はかっこいいと思ってたんです。
と同時に、全然ずーっとハマるものがなくて好きなことがころころ変わってる自分が嫌だと感じていました。

好きな運動の変遷👇
水泳→乗馬→テニス→山登り→ヨガ→ボルダリング→リードクライミング→休日に10000歩以上ウォーキング→ピラティス

好きなアーティスト👇
絢香とかB'zとかバンプとかめちゃ聞いてた時期があったけど、そのあと洋楽rockにハマったり、のだめ観てまたピアノクラシックにハマったり...

ずーーっと何かを続けたり、ファンだったりしていないなぁとこの変遷を見てると感じます。
よく「ファン歴〇〇年です」「◻︎◻︎をかれこれ〇〇年やってます」っていう方がいるじゃないですか。何かを始めた時や何かを好きになってまだ日が浅い状態でそういう方と出会した時、「わーすごい!」って思いながら「うっ...」てなるんです。日が浅いからまだ若輩だなっていう気がして。

うん、何かをずーっと続けられる人が羨ましかったんだ。羨ましいっていう感情があっただけ。
それ以上でもそれ以下でもない。

何かをずっと続けることは愛や気持ちがないとできないっていうイメージがずっとあったけど、そこにそういう感情を持ち込まなくてもいいのでは、と思うようになりました。

「楽しい!嬉しい!という感情をずっと持っていなきゃいけない。」と謎の責任感を産んでしまっているのかなと。

〜すべき。は問題回避の考え方ですしね。
深掘りしていったら、
”何かをずっと好きであり続けられない私は価値がない“
と自分で自分を苦しめてた。
コロコロ変わってもいいじゃん、新しい発見があるし色んなことを経験できるんだから一石二鳥三鳥だよー!と今なら自分に言ってあげられます。

色んなことを学び、経験して自分の土壌を栄養豊かにしていこうと思います🌱





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