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新陰流考5

「氷川清話」より
宮本武蔵という人は、たいそうな人物であったらしい。剣法に熟達しておったことは、もちろんの話だが、それのみならず書画にも堪能であったと見えて、書いた者の中に神品ともいうべきのがたくさんある。この人は、仇があったので、初めは決してひざから両刀を離さなかったが、一旦豁然(かつぜん=心の迷いや疑いが消える)として大悟するところがあって、人間は決して他人に殺されるものではない、という信念が出来、それからというものは、まるでこれまでの警戒を解いて、いつも丸腰でいたそうだ。

と述べ、極意に達した例として、次のような挿話を紹介している。

ある時、武蔵が例の通り無腰で庭前の涼台に腰をかけて、うちわであおぎながら、余念もなく夏の夜の景色に見とれていたのを、一人の弟子が先生を試そうと思って、いきなり短刀を抜いて涼台の上に飛び上がった、武蔵はアッといってたちまち飛び退くと同時に、涼台に敷いてあったすだれの端をつかまえて引っ張った。するとそのはずみに、弟子は涼台から真っ逆さまに倒れ落ちたのを見向きもせずに平然として「何をするか」と、一言いったばかりだそうだ。人間もこの極意に達したら、どんな場合に出会うても大丈夫なものさ。

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