見出し画像

鶴山先生と久先生7

昭和54年8月17日付け久先生から鶴山先生あての手紙
残暑お見舞い申し上げます。貴君は猛暑にも負けずいよいよ元気で張り切っていることと拝察します。小生も別に異常はないが何分85歳の老齢、心身ともにもうろくして、最早何のお役にも立ちません。本日も朝日カルチャーセンターより10~12月期の講師依頼を受けましたが、果たしてお受けしてよきや、拝辞すべきやに躊躇しております。いわんや従来同居して世話をしてくれた末娘一家が去る4月神戸に引越し、是非阪神地方に帰り静かに老後をつくすべしと勧誘されているので、老いては娘に従えとの古諺に従い、大体従うつもりです。朝日の方へもこの辺で御辞退したいと言ってあります。何の縁か貴君とこの仕事を昔に引き受けて今日に至りました。が最後は気持ちよく笑って別れてください。

久先生は講師を辞退して神戸に帰る旨、書かれていますが、実際には11月末まで東京に居て、講師も続けていたのでした。鶴山先生のメモによると、「赤とんぼの尾は、赤い唐辛子」の事件(内容は不明)があった関西には行きたくない、という気持ちと子どもたちの世話にはなりたくないという気持ちもあって、土壇場で躊躇し、引退を延期することになったのだ、とあります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?