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教えないという教え方

今どき、何言っちゃてるの? と言われそうな、矛盾した響きですね。
いいか悪いかはともかく、昔からある教育法の一つです。内弟子制度が代表的なもので師匠の家に住み込んで、掃除や雑用をして師匠の面倒をみるだけ、ほとんど何も教えてもらえない。ストレスをかけることで学習意欲を高めるという高等戦術です。学校のような「上げ膳据え膳」的環境では、学習者の意欲を高められないとの知恵だったのでしょう。

武田惣角の指導法も同じようなものでした。惣角は同じ技を2回までしか見せなかったと言われています、それ以上繰り返すと返し技を食らう恐れがあるから、とされていますが、このような教え方で「1回で覚えろ。」とプレッシャーを掛けていた、ヒトの学習意欲の機微を知っていたのだと思います。
ただ、この方法が成り立つのは師匠に圧倒的な技術、カリスマ性があることが条件だと思います。したがって、筆者にはできない指導法です。筆者の場合120%説明して70%伝われば御の字という感じですから、100%理解してもらうには170%以上の説明力を要することになりますが、それは無理。まだまだ修行が足りないという感じです。

ところで、武術とは無関係ですが、筆者が知る内弟子の逸話を紹介します。大学時代、囲碁部の顧問の専門棋士の先生宅に台湾出身の方が内弟子になっていました。子どもでしかも慣れない外国生活、上記の内弟子とは全く状況が違いますが、彼らの生活全般を支え、自宅の囲碁教室の生徒さんたちへの接し方など師匠の後ろ姿を見せることが、大事だったのです。碁は強く、鼻っ柱も強い彼らを育てる、大変なことです。
師匠が語った、少年たちが指導碁に行くときの心構えが印象的でした。「碁は君たちの方が強い、少年の君たちであっても、皆さん碁の先生として遇してくれる、けれど誤解してはいけない。相手はみんな人生の先輩、また各界の名士でもある、礼を失してはいけない。」指導する立場にある人は心すべき、至言だと思っています。

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