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大東流柔術講習会1

鶴山先生の朝日カルチャーセンター合気道教室では、1級になると大東流柔術第1か条30本の合宿に参加することが許されました。
先生の免状は、5級から1級までは合気道○級の表記、初段以降は、柔術合宿経験者は合気柔術○段、未経験者は合気武道○段の表記、と区別していました。

先生の口上は「植芝盛平も大東流柔術を習っている、これを知らないで合気道を語ることはできない」というものでした。この言葉は、正確ではないのですが、当時は、「なるほど」と思ったものでした。

なぜ「正確ではない」のかといえば、合気道の源流は江戸柳生系合気柔術であって、大東流柔術ではないからです。大東流柔術を知らなくても相当程度合気道について語ることはできます。
では、その関連性は何か、というと・・・技法的には、江戸柳生系合気柔術の技にも柔術で教わる「柔術テクニック」を使っているからであり、技法構成の点からみれば大東流柔術を破る技法(裏技)として江戸柳生系合気柔術が設定されているからです。また、大東流三大技法が構成された幕末期は、世襲制・身分社会であったことから、それに応じた技法構成がなされたのでした。この点をとらえ、問題であるとする見方もあるでしょう。ただ、世襲制によるものか、試験制度によるものか、の違いはあるにせよ現在でもエリート教育はありますから、こういった仕組みは有用なものなのです。

では、今回から大東流柔術第1か条30本の合宿について、私の体験をもとに紹介していきます。

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