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岡本正剛著「大東流合気柔術」出版秘話4

解説 岡本先生は、昭和59(1984)年10月に北欧社から「合気柔術入門」という本を出しています。この本は東京理科大学正課体育武道シリーズ第三弾と位置づけられ、表紙は監修:高橋華王、著者:岡本正剛とある一方、奥書の発行責任者・著者名は白石安男、となっていました。おそらく岡本先生が資料の一部を提供し、白石氏がとりまとめたものと思われます。大学の教科書との位置づけですから、第1篇理論編(歴史、科学的考察、修行過程、指導原理とトレーニング指導法等)、第2篇合気柔術基本技となっており、一応の体裁を整えたものとなっています。鶴山先生からすると突っ込みどころ満載の本ですが、本稿の趣旨から外れますので、この先は省略します。

さて、現在では海外でも人気が高い堀川幸道系の技法(幸道会、六方会)について、解説いたしましょう。堀川幸道先生は昭和5(1930)年(当時36歳)で教授代理となっています。これには父泰宗の骨折りがあったといわれています。その骨折りとは、当時の教授代理の資格要件の一つに柔術を習うことがありましたが、父泰宗が2年前から教えているとの説明を受け惣角が自信のルールを破って許した資格でした。なお、惣角は柔剣道高段者等、指導力があると認めた者、又は人をまとめる(集める)実力者について2年を基準として教授代理を許していたのです。
このとき教授代理を証するものとして、「大東流柔術秘伝目録」と「大東流秘伝奥義」の2巻が伝授されました。幸道会においても教授代理となった者は同じ巻物を伝授されるそうですが、後年の門人一人が幸道会の基礎技法とされている柔術118か条について、堀川先生に教えてくださいとお願いしたところ「一手10万円払うなら、教える。」と答えたそうです。柔術を実質的に知らなかった先生はそう答えるしかなかったのでしょう。なお、堀川先生は、戦後佐川幸義から大東流柔術秘伝目録の内容を知るために講習を受けましたが、佐川氏も合気柔術(柔術の簡易技法)しか知らなかったので目的は達成できなかったようです。また、堀川先生の多人数捕は父泰宗から習ったものでした。
堀川先生の技の特徴は大東流合気柔術の特色である極め技がほとんどないこと、同先生の写真を見ても見栄を切ったカメラ目線のものが多くショウー的要素が強いとされています。(続く)

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