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骨法の堀辺が来た(続)8

(承前)堀辺氏の「武田惣角の創始なる合気柔術においても両手取・片手取などの技が基本となっている。」とする見解も、同氏の大東流事情に関する独断的な見解とその無知無能ぶりを現わしているが、ここまで言いきると言うことは、一定程度大東流の知識があるということを示している。
では、堀辺氏と大東流の関係は・・・
吉丸貞雄(慶雪)編『換骨拳入門』によると、
 
堀辺宗家との出会い(16頁)
「大東流についてお伺いしたい」との電話を受けて、私(吉丸)は中野の「拳医会診療所」に出かけた。(中略)私は早速、大東流合気柔術について説明を始めた。(中略)
青年(堀辺宗家)はなるほど、なるほどとうなずき、ついては大東流を学んでみたいというので、一応私の師匠の佐川幸義先生の講習を受けるという形をとって頂きたいと話し、大東流合気柔術第1ヶ条の講習を受けることになった。
 
とその経緯を紹介している。つまり、堀辺氏は佐川氏の弟子ということである。佐川氏は親子で武田惣角から教授代理を許され、惣角の巡回指導に何度も随行している。松田隆智編『秘伝日本柔術』には、佐川氏を「皆伝の巻物を授けられ」と皆伝者として紹介されているが、真相は佐川氏は武田惣角から皆伝を許されていない。これらのことは、佐川氏が現在教えている大東流技法が佐川氏式(第一~十元・初伝~免許~皆伝~総伝~極伝~允可)に整理され教えられていることを見ても明らかである。(続)

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